「コアバリュー」の追求により持続性を高める、オルビス様初のパーソナライズスキンケアサービス
専用のIoT肌測定デバイス「skin mirror(スキンミラー)を数秒間、肌に当てるだけで自動的に肌の状態が測定され、お客様の肌に合う3本のパーソナライズスキンケアとお手入れ情報が届く。そんな全く新しいサービスが、オルビス様の「cocktail graphy(カクテルグラフィー)」です。同社が初めて挑戦したパーソナライズスキンケアサービスは、プロジェクト発足からわずか1年という短い期間で完成しました。
Ridgelinezは本サービスの開発パートナーとして企画段階から参画し、オルビス様に伴走しながら、企画構想からブランド戦略、サービスのデザインからデータ活用基盤やアプリのアジャイル開発まで一貫して支援しました。
先端テクノロジーを融合したサービスでありながらも、お客様が継続して使い続けられる自然なスキンケア習慣のデザインに注力。そのこだわりは、製品やスマートフォンアプリのデザインにも見事に表現されています。オルビス様とRidgelinezによる「人起点」の新サービスはどのように生まれたか。両社の開発プロジェクトメンバーに話を聞きました。
「人起点」―価値観の共鳴からプロジェクトがスタート
プロジェクトのリーダーを務めたオルビスの田村陽平氏は、新規事業開発の背景を次のように語ります。
「2029年にポーラ・オルビスグループが100周年を迎えるにあたり、2019年に今から10年後の世界を想定して自分たちのありたい姿を描きました。しかし、その世界は思ったよりも早く来てしまうのではないか?そう気づいた時、ビジョンを描くだけではなく、早く形にして世の中に出していくことで、具体的なビジネスにしていこうと考えました。カクテルグラフィーはそのプロセスの中で生まれたサービスです」
田村氏は、Ridgelinezを開発パートナーとして選んだ理由について、「オルビスは、一人ひとりが本来持っている力が発揮されることで、自分らしく、自然に歳を重ねていく『スマートエイジング®』を提供価値として掲げています。そうした人起点の理念から生まれた新しい事業の方向性について、話をした初日から完全に理解していただき、同じベクトル、価値観を共有できたことが非常に大きかったと思います。」と語ります。
Ridgelinezで本プロジェクトの責任者を務めたCreative Directorの田中培仁は、「Ridgelinez自身のパーパスとして、すべての変革を『人起点で発想する』ということを掲げています。あらゆる製品やサービスがコモディティ化し、社会情勢が予測できないVUCA(*1)の時代において、人起点ではないサービスは持続可能ではないと考えています。私たちは5年ほど前からデジタルなものを人にとって、もっと自然で日常的なものにしていくことで新しい日常『new natural』を生み出すというAFFECTIVE DESIGNというコンセプト(*2)でデザインスタジオを開設し、オルビス様にそのスタジオで新しい日常の体験をしていただいたことをきっかけとしてプロジェクトがスタートしました。そして構想だけではなく、ハード、ソフト、そしてサービスを人起点に融合してスピード感を持って社会実装までやり抜く、その前提でサービスのブランド価値と高いデザイン性を突き詰めて作り上げることを重視しました」と話します。
(*1) VUCA
「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」「Ambiguity:曖昧性」の頭文字を並べた略語。
ビジネスにおいて、不確実性が高く将来予測が困難な状況であることを示す。
(*2) AFFECTIVE DESIGN
人の心を動かす「コアバリュー」を創造しデジタルにしかできない究極のエクスペリエンスの実現を目指す、Ridgelinez独自の思想。
人の行動を変容させる感性的で嗜好的な側面をもち、データやAIによってコンピュテーショナルに捉えることで、世代を越え長く愛される新たな事業やブランドを生み出し、人もデジタルも変わり続けることを前提にして、人とデジタルのハイブリットな社会をデザインします。
人起点で目指す「真のパーソナライズ」実現への道のり
カクテルグラフィーは、IoT肌測定デバイス(「skin mirror(スキンミラー)」)、毎月アップデートされる3本のパーソナライズスキンケア、自分の肌のためだけの情報が届く専用スマートフォンアプリの3点から構成されます。お客様は、スキンミラーで肌の状態を測定し、アプリで簡単な問診に答えると、その時の肌の状態とケアアドバイスが表示されます。
日々変化する自分の肌を深く知り、自分に合うスキンケア習慣を見つけていく。さらに、同梱される専用接着パッドによって、多くの方が肌と向き合う洗面所の鏡に取り付けることができ、「自分の肌とだけ向き合う空間」が自宅にやってくる今までにないパーソナライズスキンケアサービスです。
Ridgelinezでアートディレクションを担当したLead Designerの本山拓人は、当時を振り返り、次のように語ります。
「このサービスを習慣化させるうえでの初めの大きな課題は、サービスの起点となる肌測定デバイスを、どのようにしてお客様に日々使っていただくことができるかでした。『スキンミラーが洗面所の“一軍”に入る』ことを目標に、お客様の日常的なスキンケア動線である洗面所に自然に共存し、ここちよい空間をつくるためにはどのような形状でどのような振る舞いをするべきかを検討し、議論を重ねました。その過程で、ミラーというモチーフで、洗面所の鏡の中に自然に溶け込むデザインを着想しました」
サービス開発に携わったオルビスの中村秀輔氏は、新しい顧客体験を設計するにあたり重視した点について次のように語ります。
「カクテルグラフィーは、デバイス、アプリ、美容液、という、デジタルとアナログの体験が組み合わさったサービスです。この3つの体験が同じ思想で作られたうえで、シームレスに提供されなければいけません。そのため、常にお客様の目線で一連の体験に違和感がないかを検証し、メンバーで議論をしながら改善を繰り返しました」
「本サービスにおいて真のパーソナライズを実現する特徴の1つが、お客様の肌の測定結果に基づいて送られる『3本のパーソナライズスキンケア』です。異なる3つの役割を持ったスキンケアを提供しますが、オルビスは正しい使い方をサポートするだけで、実際の使い方はお客様の主体性を重視します。」その意図を、オルビスの田村氏はこう語ります。
「パーソナライズというと、通常は企業がお客様をカテゴライズして、『これを使っていればいい』とブランドがリードするイメージがあります。これには違和感を覚えていました。人を起点に考えた時の真のパーソナライズとは、最終的にお客様ご自身で選択いただく余白を残しておくことだと考えています。スキンミラーによる客観的なデータを参考に、主観的な自分の肌状態や好みに合わせて工夫し、自分なりのスキンケアを楽しんでもらうこと、これを通して自分の肌と向き合っていただくサービスであることが重要なのです」
RidgelinezのSDT融合アプローチ
RidgelinezではStrategy×Design×Technologyを融合したアプローチを提唱しています。田村氏は、Ridgelinezをパートナーとして評価する理由について、「ハード、ソフトの両方を開発でき、それにデザインを加えた3つの要素をすべて高い次元で融合できる能力があった」ことを挙げます。
Ridgelinezの田中は、スキンミラー開発における具体的なアプローチを、次のように語ります。
「まずは本サービスのブランドメッセージを明確にし、お客様に届けるコアバリューを極限までシンプルにしてサービスストーリーを検討することに多くの時間を費やしました。それはコアバリューが開発過程で不明瞭になり、テクノロジーのフィジビリティやコスト優先の開発になったプロジェクトが失敗に終わる歯がゆい現場をたくさん経験してきたからです。そしてお客様の価値を軸に、体験の質を高めていく3段階のプロトタイプを繰り返し実施しました。一つ目は、コアバリューに沿ったスキンケア体験やアプリやデバイスのデザインを固めるモックアップモデル。二つ目は、技術やデータアルゴリズムのフィジビリティ含めた体験検証のためのテクニカルな動作モデル。そして三つ目は、ビジネスの要件を融合させたサービスの最終形に近いワーキングモデルです。コアバリューのフィジビリティをテクノロジーやビジネスのフィジビリティと同時並行でアジャイル検証していくことが、人とデジタルが自然に融合した持続性の高いサービスをスピード感を持って進めていくうえで最も重要になります。」
オルビスの田村氏は、開発における課題について、「早い段階でスキンミラーのブランドやデザインについては、納得できるものがつくれました。課題になったのは、スキンミラーで撮影した画像の解析のクオリティをどこまで上げられるかであり、そこは未知の領域でした。
スキンミラーは裏側に付いたカメラを自分の頬に当て肌を撮影しますが、この時のライトの当て方や微妙な角度の違いで肌画像の映り方や解析の精度が変わります。誰でも簡単に、そして正確に撮影できるよう、最適なセンサーの位置を繰り返し検証しました」と振り返ります。
カクテルグラフィーは、機械学習によって撮影した画像から自動で肌の水分や油分の量などを抽出し、分析結果として表示します。これにはオルビスが長年にわたる研究で培った、肌解析の知見に基づくアルゴリズムが使用されます。新しいデバイスのデータをそのアルゴリズムに対応させる開発が両社の間で進められました。
当時の開発についてRidgelinezの田中は「Ridgelinezに所属するAIのエンジニアを早い段階から駆り出し、知見をもつ専門メンバーとアイデアを出し合いながら進めたことを思い出します」と、同社の多彩な人材を巻き込みながら開発に臨んだことを振り返ります。
スピーディな新規事業開発の秘訣
ハード、ソフト、デザインともに前例のない挑戦の中、プロジェクト開始からわずか1年でサービスのローンチを成し遂げました。スピーディに開発が進んだ理由を、田村氏は次のように語ります。
「当社とRidgelinez様のメンバー全員の間で、ビジョンの共有ができていたことが良かったと思います。ビジョンというと抽象的なイメージがありますが、新規事業の開発では、できるだけ具体的で明確な目標が必要です。
今回は、プロジェクトの最初の段階から、Ridgelinez様はサービスの全体像を次々に具体的なビジュアルや形に落とし込んでくれました。
常にアップデートされていく構想を軸に、チームの関係性をオープンマインドで作ることができました。メンバー全員がお客様の立場に立って自分の意見を出し合い、企業の枠を超えて本気の議論ができたことは驚くべきことでした。コミュニケーションが活性化したことで、サービスの質が向上し、開発スピードも加速していきました」
Ridgelinez田中は「オルビス様の若手を中心としたミニマムなプロジェクトチームの“意思決定の速さ”が短期間でサービス開発が進んだ大きな要因だと思います。一般に新規事業の場合、前例がないため意思決定の社内エスカレーションに多くの時間を要し、結果的に多大な時間がかかるケースがほとんどです。
オルビス様の場合は、こちらの提案に対して、強いオーナーシップを持って驚くべきスピードで意思決定をしていただくことでプロジェクトは加速していきました。」と組織体制の重要性について振り返ります。
小さな成功体験を積み重ね、進化し続けるサービスへ
オルビスの中村氏は「すでにお客様のアプリ利用傾向も見えてきていますので、今後のサービス改善に役立てていきたいと考えています。そして、この先データが蓄積していくことで、スキンケアだけでなく、様々なサービスへの展開が可能になると期待しています」と話します。
また、Ridgelinezの田中は「このサービスが今までのスキンケアと大きく違うのは、お客様とオルビス様が『肌データ』を軸に双方向でリアルタイムにつながる接点ができたことだと思います。肌データとお客様の日々のスキンケアの関係性を見ながら、日々の小さな成功体験を、お客様ご自身の工夫で積み重ねていけるよう、サービスの改善を一緒に進めていきたいと考えています。それが結果的に、お客様にサービスを継続的に利用していただくことにつながると思っています」と語りました。
新しい挑戦を実行する時に大事なのは、その挑戦を関係者全員が「オーナーシップ」を持って、実現したいと願う「思い」だといいます。その思いは、新規事業開発で何度も訪れる困難に直面しても、それを乗り越え、目標に到達することができます。
今回のカクテルグラフィーのプロジェクトでは、お客様の「コアバリュー」を中心に描いたブランドの世界観を両社のメンバー全員が最後まで共通のビジョンとして掲げ、共に走り抜く「人起点」のメソッドによってプロジェクト発足からわずか1年でのサービス開始に結びつきました。
Ridgelinezは、本サービスをお客様と共に継続的に進化させるとともに、新たなサービスの方向性を共に模索しながら、オルビス様の事業の発展に向けて伴走し続けていきます。
※本コラムは、2021年8月13日に公開された事例記事を再編集したものです。