事業間シナジーを競争力に変える「ライフジャーニー」起点のCX変革(2)
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本コラムでは、様々な事業領域への多角化戦略を進めてきた企業(コングロマリット)における、事業間シナジー創出の実践的なアプローチについて考察している。
第1回では、コングロマリット企業におけるCX変革を阻む事業構造のサイロ化について、「シナジー創出における3つの壁」という観点から分析した。
1つ目には「戦略/ビジョンの壁」を挙げ、戦略やビジョンが事業別に個別最適化されていることが、その企業らしい一貫した体験の提供を阻んでいることについて解説した。2つ目には「施策の壁」を取り上げ、事業やチャネルごとに分断されたコミュニケーション/顧客体験が機会損失につながっていることについて触れた。3つ目は「マネジメントの壁」に注目し、事業間連携を阻害する縦割りの成果指標/組織体制にも意識を向けるべきであることを述べた。
企業は各事業の間に存在するこれら3つの壁を打破することで、事業横断で顧客の長期的なライフジャーニーに寄り添い、LTV(顧客生涯価値)最大化を実現することが可能となる。
第2回となる本稿では、上記3つの壁における「戦略/ビジョンの壁」「施策の壁」の2つを乗り越えるための実践的なフレームワークや事例をご紹介しながら、顧客のライフジャーニーを分析する手法や、事業間シナジーの創出に向けたビジョン/施策の具体化方法について解説する(図1)。
事業横断での顧客ライフジャーニー可視化と機会点の探索
Ridgelinezでは、「人」のライフスタイルやライフステージの変化を捉えた「ライフジャーニー」を起点として、事業間シナジーを描くアプローチを提唱している(詳しくは第1回参照)。「ライフジャーニー」とは、顧客(またはその世帯全体)の人生における時系列の変化について、ライフステージを大枠としつつ、その時々における価値観やライフスタイル、CXに対するニーズまでを可視化するものである。顧客のライフジャーニーを具体化し、その中に存在するLTV向上に向けた機会点/離脱ポイントを探索するためのステップは大きく3つに分けられる。
STEP1:事業横断での顧客セグメントおよびCX施策の棚卸し
複数の事業を通じて顧客のライフジャーニーに寄り添い、グループとして一貫した顧客体験を提供するためには、各事業の中に存在する複数のターゲット像と、各ターゲットが持つ多様な価値観を捉える必要がある。それを踏まえて事業ごとにどのような顧客セグメントが存在しているかを明らかにし、各事業との接点や連携におけるポイントを洗い出していく。 そのうえで、現状の施策や顧客体験を整理することにより、重複する施策や、チャネル間の分断による一貫性のない顧客体験の実態など、課題も見えてくるであろう。
STEP2:アプローチすべき新たなロイヤルカスタマー候補の導出
続いて、事業横断でアプローチすべき新たなロイヤルカスタマー候補を導出する。コングロマリット企業においては、それぞれの事業が独立したCX戦略を立案することにより、各企業が重視するターゲット層が別々であるケースも存在する。しかし、事業横断で棚卸しを行うことにより、単一の事業では捉え切れなかった新たなロイヤルカスタマーのパターンや、特定の事業のロイヤルカスタマーを他の事業と連携して創出するシナリオをいくつか見つけることができるはずだ。
STEP3:ライフジャーニーの具体化と機会点/離脱ポイントの洗い出し
ロイヤルカスタマーのパターンを定義した後は、顧客データやアンケート等を用いてパターンごとに想定されるライフジャーニーを具体化していく。顧客のライフステージが変化するタイミングと、ブランド選好や購買行動のトリガーとなる価値観を掘り下げて分析することで、ロイヤルカスタマー化につながるポイントや離脱を誘発する重要なポイントを導出する。これによりロイヤルカスタマーがたどるライフジャーニーの解像度を上げ、顧客理解を深めていくのである。
事業間の連携において重要となるのは、ライフステージの変化に合わせた施策により、次の事業への導線を結ぶことである。顧客のライフジャーニーと事業接点を俯瞰し、ライフステージの変化を予測するために必要なデータを取得・分析することで、次の事業へとつなぐため、あるいは離脱を抑止するための施策を検討していく。
機会点/離脱ポイントの洗い出しができたら、描いたライフジャーニーにおける各事業との接点(図2)を念頭に置きつつ、コングロマリット企業全体として提供すべき独自性のある体験を設計する。
顧客ライフジャーニーにおける独自性ある体験提供の設計
事業横断で「自社グループらしい」独自性ある体験を一貫して提供していくために必要となるのが、指針となるCXビジョンだ。CXビジョンとは、事業全体で目指すべき顧客体験の鑑となるものである。コングロマリット企業においては、事業ごとに目指すCXの姿が異なるために、顧客視点に立つと体験の一貫性が損なわれているケースも散見される。
Ridgelinezでは、独自のフレームワークを用いてCXビジョンを可視化するアプローチを行っている(図3)。これにより、寄り添うべき顧客とそのライフジャーニーにおいて提供すべき体験価値、ビジネス貢献目標などを整理し、具体化していく。目指す顧客体験の姿を明確化することで、グループ一丸となってCX変革を実践することが可能となるのである。
CXビジョンの可視化にあたっては、以下の3つの観点でコングロマリット企業としての活動全体を貫くアイデンティティを導出することが「自社グループらしい」体験設計において重要なポイントとなる。
- 背景/インプット:グループ全体で大切にしてきた成功体験やブランドストーリーなどの背景に加え、インプットとして現在の事業ポートフォリオや実績、将来に向けた事業グループの展開を踏まえ、自社グループを俯瞰する。
- CXアイデンティティ分析:1.に基づき、今後、自社グループが大切にすべき価値観や独自性を改めて定義するとともに、自社グループに対する顧客からの認知・期待を可視化したうえで、そのFit&Gapを分析することにより、「自社グループらしさ」として訴求していくべきポイントを導出する。
- CX施策ガイドライン:グループ全体/各事業においてCX設計上目指すこと/目指さないことを整理し、ガイドラインとして取りまとめる。
これにより事業横断で一貫した「自社グループらしい」施策による顧客体験の提供を実現することができるのである。
では、コングロマリット企業において有効なCX施策にはどのようなものがあるだろうか。
具体的な展開例としては、グループを跨いだ新たなキャンペーン企画をはじめ、デジタル×リアルにおける、事業やチャネルを跨いだシームレスな体験を提供し、グループとしてのシナジー創出を意識したブランドメッセージを打ち出すことが考えられるだろう。それ以外にはCRMによるレコメンド施策も有効だ。例えば、複数事業を跨いだ各チャネルの利用状況や、顧客の購買行動などのトランザクションデータを基に、グループアセットを活用してパーソナライズしたコンテンツ内容を通知することで、新たな事業接点を創出することができる。
サービス展開においては、既存顧客が他事業のサービスを初めて利用する際のハードルを下げるために、お試ししやすい価格帯のエントリー商品をラインナップすることや、LTVを向上させる取り組み施策としてグループ全体のアセットを活用したロイヤリティプログラムも有効である。
なお、CX施策を考えるうえでは、いつ・どのターゲットに何を・どのチャネルで提案するか、またデジタルとヒューマンタッチのチャネルをシームレスに連関させる体験は何か、ユーザーにとって利用しやすいチャネルは何か、を事業横断で整理する必要がある。これによりコングロマリット経営に見られる事業ごとのチャネル・コミュニケーション施策の乱立や、それによって顧客に混乱を招く事態は回避できるだろう。
加えて重視すべきポイントは、単にエントリー商品のレコメンドやロイヤリティプログラムへの加入などの個別施策を実行するのではなく、グループ全体として顧客のライフジャーニーに寄り添うストーリーを描き、人生のステージ遷移を通じてブランド価値を訴求することで、ブランドへの共感を深めていくことが望ましい。
事業横断で体験提供を行うためのITインフラの構築/データ分析
前述したCXビジョン/施策を実現するにあたり、どのようなシステム基盤を持つ必要があるのだろうか。説明するにあたり、①データ統合/分析、②施策の実行と結果のフォローアップの流れに沿って解説する。
①データ統合/分析
顧客のライフイベントやライフスタイルの変化を見逃さないためには、顧客基盤や販売実績データを各事業ドメインに閉じずに事業横断で管理できるITインフラとその仕組みが必要となる。実現方法としては、新たにグループ共通の統合IDを作成するパターンもあれば、ユーザーがサービス利用時に自ら他事業のサービスの顧客IDと紐づけを行うパターン、メールアドレスなどの共通項目で統合する方法などがある。
過去において多くの企業では、このようなグループ共通の顧客基盤構築/活用に取り組んできたものの、事業ごとの売上貢献の可視化や施策の実行という観点にとどまっているケースも見られる。グループシナジーの最大化を実現するためには、ターゲットを定めた仮説検証型のアプローチだけでなく、潜在ニーズを見つけるための探索的アプローチの両面から事業横断でデータ分析することが重要だ。これにより、グループアセットの効果的な活用方法を検討することができる。
仮説検証型のアプローチにおいては、想定し得るライフジャーニーの変化点に対し、その周辺における購買行動を抽出・分析できる仕組みづくりが必要だ。また、探索的アプローチにおいては、LTV向上に向けたライフジャーニー上の機会点やペインポイントの変化をデータから探索できるようなシステム整備が必要であり、これら両輪を回していくことが肝要となる。
➁施策の実行と結果のフォローアップ
施策の実行においては、施策の有効性を的確に把握し、定期的に見直すためにも、あらかじめグループ会社も含めた全社KPIと効果測定方法を設計することが望ましい。
継続的に顧客エンゲージメントを高めるためには、NPS®(※)をはじめ、顧客接点ごとに設定する共通指標をモニタリングする仕組みの設計が必要となる。指標をモニタリングする環境の例としては、BIツールなどで見える化を目指す方法やデータの収集・蓄積から加工・分析を担うデータプラットフォームを構築する方法がある。
ただし、それだけでは顧客が求めているものを訴求できるとは限らない。なぜなら顧客が自身の価値観やライフスタイルに基づいて抱く潜在的なニーズは、具体的な購買等表出した行動からは捉えにくいからである。先進的な企業は、すでに人の価値観やニーズをより深く理解するフェーズに進んでいる。Ridgelinezでは、独自のフレームワーク『Human & Values Model』により人の価値観を14に分類し、定点観測することで、ビジネスに多大な影響を与える人の価値観や行動を分析している。このような考察により、ライフステージとともに変化する顧客行動とその嗜好性・価値観を理解することで、より精度の高い施策を導出することができるだろう。
このように人を起点にして事業横断の接点を作り、人を起点にしてアクティビティの変化を捉えた施策を継続検討・実行するには、事業を横断したプラットフォームの設計・構築が求められるとともに、人の価値観を深く理解するための分析を欠かすことができない。
(※)ネット・プロモーター、ネット・プロモーター・システム、ネット・プロモーター・スコア、NPS、そしてNPS関連で使用されている顔文字は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、NICE Systems, Inc.の登録商標またはサービスマーク。
第3回に向けて
ここまでは、グループ横断で目指すCXの意思統一に必要な「CXビジョン」と、顧客の長期的なライフステージに事業横断で寄り添う「ライフジャーニー」導出のアプローチをご紹介するとともに、施策導出に必要な基盤とデータ分析の観点について述べた。
第3回では、事業やブランド単位にとどまる「マネジメントの壁」をどのように解決するのか、事業横串で評価・改善するためにモニタリングすべきCX指標やCXマネジメントの立ち上げにお勧めの組織体制とは何かについてご紹介する予定だ。
CX変革を進めたい、事業横断で変革を推進したいと思われる方は、ぜひ本コラムシリーズの最後までお付き合いただきたい。