COLUMN
2023/12/20

事業間シナジーを競争力に変える「ライフジャーニー」起点のCX変革(1)

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生活者のライフスタイル変化やテクノロジーの進化、業界外からの新たな参入企業の登場等、急速に変化する市場環境において、個々の事業を継続的に成長させていくことは非常に困難な状況となっている。特に、これまで自社の既存アセットを起点に様々な事業領域への多角化戦略を進めてきた企業(コングロマリット)にとっては、単独事業での取り組みに加え、事業間のシナジーを最大化させることが経営課題となっている。他方、コングロマリット企業が有する多様な事業領域や顧客接点は、他社が追随できないような独自性の高い顧客体験(CX)を生み出すポテンシャルを秘めているともいえる。

シナジーの実現にあたっては、事業ごとに縦割り/サイロ化された従来型のマネジメント構造による壁を乗り越え、顧客の様々な生活シーンやニーズに対し、企業全体として接点を持ち続け、LTV(顧客生涯価値)を最大化する取り組みが求められる。

本コラムでは、ライフステージによって変化する顧客のニーズに着目し、企業横断の顧客体験ビジョンを主軸としたシナジー創出の実践的なアプローチについて解説する。

多角化戦略が抱える「シナジー創出」の壁

高齢化や人口減少が社会全体の課題となる中、リモートワークの普及による移動需要の減少や購買チャネルのデジタルシフト等のトレンドも重なり、新たなデジタルサービスの機会が生まれる一方で、従来型のビジネスモデルが成長の限界を迎えている企業も少なくない。特に、鉄道事業者や不動産デベロッパーのように、リアルチャネルでの価値提供を軸に交通、商業、ホテル、エンターテインメント等、様々な領域で多角化を進めてきた企業にとっては、こうした環境変化への対応は喫緊の課題である。そのため、事業単独での取り組みに加え、デジタルを活用した事業横断的な基盤整備やシナジー創出の施策が、各社の経営戦略の中でも重点投資領域として掲げられている。

例えば、マンション等の住宅事業や、ホテル、商業等、幅広い事業領域を抱える三井不動産では、長期経営方針「VISION2025」に基づき、DX本部内に全社・全事業を横断して機能させるマーケティング組織を設置し、顧客視点での戦略やビジョンの統一を図り、変革を推進している。その一環として、2023年10月に、商業「三井ショッピングパーク メンバーズプログラム」、住宅「三井のすまいLOOP」、ホテル「MGH Rewards Club」などの各事業のロイヤリティプログラムを相互に連携させることで、いずれかの事業における上位会員(ロイヤル顧客)であれば、他の事業での特典を享受できるものとした(図1)。これにより、1人の顧客を企業全体として捉える仕組みをつくり、様々な生活シーンでのニーズやライフステージの変化に応じた相互送客を促進することでLTV向上を実現しようとしている。

図1:三井不動産グループにおけるプレミアム会員限定特典
(出所:公開情報よりRidgelinezにて作成)

前述のとおり、昨今多くの企業において多角化戦略による成長が限界を迎えている中、このような事業横断での価値提供や相互送客によるシナジー創出は注目領域ではあるが、実際にCXとして実現できている事例は数少ない。このような状況の背景には、個別事業の成長に向けて最適化された戦略・施策・マネジメントの3領域における従来型の事業構造があるのではないだろうか。

(1)個々の事業領域に特化した「戦略/ビジョンの壁」

複数の事業を持つコングロマリット企業は、それぞれの事業が独立して事業目標を持ち、製品/サービス戦略、マーケティング戦略、IT戦略等を整理していった結果、企業全体として一貫性のある顧客体験を提供できるような状況ではないケースが多い。顧客との接点やエンゲージメント(関係性)についても、個々の事業内で独立して構築/マネジメントされるものとなっているため、ブランドとしての認知も企業ではなく事業/サービス単位にとどまる。

こうした状況の中でシナジー創出を掲げたとしても、個別の送客やキャンペーン等の施策レベルでの連携にとどまり、パーパスやカルチャー、事業ポートフォリオに裏打ちされた「その企業らしい」体験の提供にまで昇華されないため、結果としてCXが差別化/競争力につながらない。

(2)事業やチャネルごとに分断された「CX施策の壁」

顧客への価値提供やコミュニケーションの施策は、前述のとおり各事業がそれぞれの単位で最適となるように企画/展開されており、結果として、企業全体ではタッチポイントやデータが分散しているケースが多く見られる。顧客視点でこうした状況を捉えると、分断されたチャネルや一貫性のないコミュニケーションが新たな不満(ペインポイント)を生むだけでなく、本来であれば新たな関係構築の機会であったかもしれないニーズを取りこぼしてしまっている可能性もある。

事業ごとにターゲット層が異なるという背景もあるが、顧客自身もライフステージとともにニーズや購買力が変化していくものであるため、データを起点に事業横断で顧客との接点を持ち続けることができれば、企業全体としてはより長期的に良好な関係をつくり上げることができる。

(3)事業やブランド単位にとどまる「マネジメントの壁」

施策単位での連携を阻害する要因には、根幹となる戦略の分断に加え、取り組み自体が各事業の短期的な成果指標(KPI/KGI)として評価されにくいという事情もある。施策の実績管理や顧客エンゲージメントの把握は、事業やブランドごとに個別でデータ取得と分析/評価を行っているケースが多く、企業全体としての貢献度をマネジメントする仕組みを設けている企業は数少ない。そのため、他の事業と顧客を相互送客してLTVを高めるような取り組みは評価されにくく、結果として横断的な施策を設計するモチベーションが現場レベルでは湧きにくいというのが実態である。

図2:企業内にあるCX変革を妨げる壁

ライフジャーニー起点でのシナジー創出アプローチ

前章で述べたような事業間に内在する壁を打破し、CX変革を通じた差別化とシナジー創出を実現するためには、そのファーストステップとして、事業横断で顧客を中心に据えたCX戦略/ビジョンを策定することが求められる。これまで個別に検討してきた事業戦略に横串を通すことのハードルは高いが、Ridgelinezでは、「人」のライフスタイルやライフステージの変化を捉えた「ライフジャーニー」を起点として事業間シナジーを描くアプローチを提唱したい。

人は年齢やライフステージが変化すると、日々の行動の源泉となる価値観も変わる。したがって、一定のサービスやプロダクトによる体験や特典だけでは、変化する顧客の求めるものに対応してロイヤリティを保ち続けることは難しい。顧客が求めるものは、その時々における自身の価値観やライフスタイルにマッチした体験や、それを提供する企業/ブランドに対する共感だからである。

複数事業を持つコングロマリット企業と顧客との接点も、ライフスタイルやライフステージによって変化し続ける。例えば電鉄系コングロマリット企業の場合、子供の頃は、沿線に住むことで不動産事業に、移動手段で輸送事業に、親の買い物で小売業に触れる。その子供が成長すれば、一人暮らしする部屋を探し、自身の生活のための買い物やレジャー・エンターテインメント施設で直接接点を持つ顧客になる。このように、変化するライフスタイルやライフステージに応じた特別な体験や特典を受けることでロイヤリティの醸成が行われる。

“ライフジャーニー“とは、ある人(またはその世帯全体)の人生における時系列の変化について、ライフステージを大枠としつつ、価値観やライフスタイル、CXに対するニーズまでを可視化するものである。この考え方に基づき、各事業が提供できる価値、そして企業全体として顧客につながり続ける意義と具体的な手段を検討していく。

図3:アイデンティティに基づくCX変革アプローチ

(1)顧客の「ライフジャーニー」×企業としての「アイデンティティ」に基づくビジョン策定

事業横断で統一したCXのビジョンを作るにあたり、共通認識となる足場がない状態でコンセプトを描き始めても、足並みを揃えることは難しい。まず、顧客の「ライフジャーニー」を捉え、ライフステージや価値観の変化に対して、どのように企業独自の体験を提供し続けるのか、顧客に対する目線を合わせたうえで方針を定めていく必要がある。

顧客の「ライフジャーニー」は、自社のサービスに係る購買行動(AISASやAIDMA等)に即して作るのではなく、生活者の日常やライフステージの変化をベースに自社の各事業と照らし合わせながら、どのタイミングで、どのような観点から接点があるのか、また顧客のライフステージや価値観がどう変化していくのかについて、実際の調査に基づき整理していく。顧客の人生は一律ではないため、検討の際には自社のターゲット顧客層を適宜区分しながら、アプローチし得る「ライフジャーニー」をいくつかのパターンとして整理することになる。

こうして描いた「ライフジャーニー」をベースに、各事業との接点を念頭に置きながら、企業全体として独自性のある体験を検討する。どのような事業(製品/サービス)で顧客のニーズに応えるのか。どのようなチャネルやコミュニケーションでその価値を届けるのか。CXを形作るそれらの要素には、その企業としての思想やカルチャーが体現されており、そこに込められたその「企業らしさ(アイデンティティ)」に対して顧客の共感が得られれば、CXを競争力のある差別化要素として顧客と長期にわたる関係構築を実現できるのである。

特に、様々なニーズを満たす事業を有し、多様な接点を持つコングロマリット企業には、事業横断で他社が追随できないようなアイデンティティを描出するポテンシャルが高いと言えるのではないだろうか。

(2)事業間連携を前提とした接点/コミュニケーションのリデザイン

「ライフジャーニー」に基づくCXビジョンを柱として、具体的にどのような施策で事業間をつないでいくのか。ここで初めて購買行動を軸とした「カスタマージャーニー」が登場する。

一般的に、「カスタマージャーニー」は個別事業における購買行動をベースに、ペインポイントやゲインポイント、機会点を発見し、コミュニケーション施策を検討していくものである。一方、「ライフジャーニー」を起点としたアプローチでは、顧客のライフステージの変化により顧客行動が事業間を行き来するタイミングや、その顧客が特定の事業で非常に高いロイヤリティを発揮している際にどのように良質な顧客体験を提供し、顧客とのエンゲージメントを高めていくかということが重要なポイントとなる。

例えば、子供が生まれたタイミングでの商業施設での購買行動の変化を捉え、これまでのラグジュアリーなホテルのレコメンドに代えて、ウェルカムべビーなホテルのレコメンドを提示してみる等、事業間データを活用した新たなアプローチ施策が企画できるようになる。

こうした体験を実現するためには、顧客の変化をどのように捉えるかというデータの観点に加え、どのチャネル、コミュニケーション/インセンティブでその価値を届けるかという具体的な設計が必要となる。共通的なIDで顧客を多面的に捉えるデータ基盤やデジタルチャネル等のITインフラの整備と並行して、シナジーを生み出す具体的な施策を事業間で協議して実現していくのである。

このようなアプローチを通じて、企業は一貫性のあるCXを提供することが可能となり、顧客のライフステージが変わったとしても事業を跨いでそのエンゲージメントを維持することができるようになる。

(3)企業全体として顧客との関係性を評価/改善していくマネジメント体系の構築

ビジョンに基づいた各種施策を設計/導入したとしても、変革に着手した当初から意図したとおりの成果を生むことは難しい。企業目線で設計した施策や体験が顧客にフィットしているかについては、顧客からのフィードバックや実績データのモニタリングを通じて継続的に分析し、改善していくことが求められる。

他方、事業ごとに個別最適化されたCX戦略を実践してきた企業においては、顧客エンゲージメントを測る取り組みも事業ごとに個別で実施され、かつ横断的な施策を評価する体系が整備されていないことが多い。CX変革による事業間のシナジー創出を成功に導くには、企業全体で共有するCX戦略に沿って指標を設計し、それに基づいた事業横断での評価/分析を行う体制、プロセスを構築することが必要となる。

顧客エンゲージメントやロイヤリティを測る指標としてはNPS🄬(ネット・プロモーター・スコア)や顧客満足度、利用継続意向等が挙げられる。こうした指標を年1回の調査で把握し、モニタリングする取り組みは多くの企業で実践されているところではあるが、これまで述べてきたような事業を跨ぐ顧客体験/接点におけるエンゲージメントを捉える手法としては、ジャーニー型での調査分析をお薦めしたい。企業として提供する一連の顧客体験(「カスタマージャーニー」)を接点ごとに区分し、その単位でエンゲージメントを把握しながら施策の重要度や成果を分析する手法である。顧客体験全体を調査することにより、事業横断での取り組みの成果もこの中で表出させることが可能となる。

変革の具体化と全社展開に向けて

ここまで、多様な事業で接点を持つ企業が、「人」起点の「ライフジャーニー」を中心に据え、変わりゆく顧客の価値観を正しく理解し、それぞれの企業独自のCXを提供することでLTVを最大化するアプローチについて説明してきた。個別最適が進んだ事業の壁を乗り越え、変化する顧客のライフステージやニーズに企業全体で寄り添い続けることが、コングロマリットとしての企業のアイデンティティを体現し、新たなビジネスチャンスを掘り起こしながらLTVを向上する重要な一手となる。実際、Ridgelinezでご支援している企業においては、このような取り組みを行うことで「事業間クロスユース率の向上によるLTV拡大」や「企業全体でのCX最適化によるNPS🄬向上、離脱抑止」といった大きな成果も得られている。

本コラムシリーズ第2回では、「ライフジャーニー」起点のCX変革の具体化に向け、どのような観点からビジョンや施策を具体化するのか、さらに設計した施策を企業全体にどのように浸透させていくべきかについて、より実践面へ踏み込んだポイントや実現ステップを紹介したい。

執筆者

  • 村瀬 馨人

    執行役員Partner

  • 赤塚 智明

    Senior Manager

  • 岩下 智春

    Associate

※所属・役職は掲載時点のものです。

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