COLUMN
2024/08/21

人を起点にマネジメントを再創造する ―ドラッカー・フォーラムのNext Managementイニシアティブ―

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Next Managementイニシアティブを発表するリチャード・ストラウブ
(Copyright: Global Peter Drucker Forum

2023年12月1日、第15回Global Peter Drucker Forum (以下、「ドラッカー・フォーラム」)の閉会スピーチにおいて、同フォーラムの創設者・プレジデントであるリチャード・ストラウブは、今後5年をかけて、21世紀の新しい経営のあり方を様々な角度から議論して取りまとめていく野心的な計画を発表した。ドラッカー・フォーラムは、現代経営学の父と賞されるドラッカーの業績を記念し、世界トップクラスの経営思想家と企業のビジネスリーダーがウィーンで毎年議論を戦わせる、世界でもユニークな国際会議だ。(昨年の議論ハイライトはこちらを参照。)

Next Managementと名付けられたこのイニシアティブは、世界のビジネスコミュニティから強い関心を引き起こしている。そして、初年度となる2024年11月14日~15日に行われるフォーラムは、Next Knowledge Work(知識労働の未来)をテーマに開催される。今やAIへの対応は経営のトップアジェンダの1つだ。AIのさらなる進化によって知識労働はどのような変化の圧力を受け、私たちは人とAIの関係をどのようにマネジメントして、より良い価値を生み出していけばよいのだろうか。

私は、ドラッカー・フォーラムに過去何度かスピーカーとして議論に参加し、現在は同フォーラムのアンバサダーとしてNext Managementイニシアティブに関わっている。このコラムでは、今なぜマネジメントを再創造しなければならないのか、そのためにドラッカーの人間中心のマネジメント思想がどのような意味を持つのか、そして今後のNext Managementの方向性はどうなるのか、について考えてみたい。

時代の変曲点

21世紀が最初の四半世紀の終わりに差し掛かっている中で、私たちは大きな時代の変曲点を迎えている。ビジネスにおいては、マイクロソフト、アップル、アルファベット、アマゾン、エヌビディアなどデジタルテクノロジー企業が世界市場を席捲。その指数関数的な成長を駆動した経営資源は、20世紀の産業資本主義の時代に重視された工場設備や天然資源ではなく、イノベーションを生み出す人間の創造性であり、知識だ。

しかし、その人間の創造性や知識も、テクノロジーの急激な進化によってその地位を脅かされている。AIは数年前には想像できなかったような精緻さで、自然に人間と対話し、文章や画像を生成することができるようになった。上記のデジタルテクノロジー企業もすべて、AIへの戦略的投資を加速している。これらの人間の知的能力を一部でもすでに超えるパフォーマンスを発揮する多様なAI群が、知識労働のあり方を大きく変えようとしている。しかし、その見通しは依然として定まってはいない。AIは人間がより良い社会を築く大きな力になるかもしれないし、逆に人間性が貶められた社会をもたらす元凶になるかもしれない。

一方で、気候変動や生物多様性、人権問題や少子高齢化、地政学的な緊張や社会の分断などの自然環境や社会の持続可能性に関わる外部要因が、企業が対応を迫られる喫緊の課題として浮上してきた。バランス・スコアカード(BSC)をつくったハーバード・ビジネス・スクールのロバート・キャプラン名誉教授が昨年のドラッカー・フォーラムで語ったように、企業の境界は環境や社会の領域に大きく拡大してきた。こういった外部要因に真摯に向き合わない企業は、顧客や投資家、コミュニティの信頼を失い、中長期的に事業を持続することはできなくなるだろう。

この時代の変曲点において、テクノロジーの進化がもたらす機会と脅威、そして対応すべき困難な環境・社会問題が複合的な危機を形成している。企業や組織はこういった複合的な危機に対応する準備ができているだろうか?マネジメントはそのためのツールを持っているだろうか?

マネジメントの不整合

過去10数年の間にも、数多くのマネジメント変革のテーマが提唱されてきた。みなさんも、リーンスタートアップなどによるイノベーション創出、デジタルトランスフォーメーション、アジャイル経営、働き方変革、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン、ステークホルダー資本主義、ESG経営などがすぐに思いつくだろう。これらはいずれも非常に重要なテーマであることに疑いはない。一方で、個別に議論されてきたため、有機的につながったマネジメントの全体像として結晶化されていないことも明らかだ。

結果として、いまだに私たちの多くが、意識と行動のどこかで、20世紀の産業資本主義時代に最適化されたマネジメント慣習をそのまま踏襲しているのではないだろうか。階層型の組織構造を使い、人を生産活動の資源として捉え、生産効率向上を最重視し、株主利益を偏重する傾向。こういった前世紀からの慣性が、各所でマネジメントの不整合を引き起こし、変革を進める足を引っ張っている可能性がある。例えば、イノベーション創出の仕組みを作ったけれども、パワーやリソースは既存事業が依然として握ったままで、組織や人事の評価の仕組みも旧来のままだというケース。これではよくある「イノベーション劇場」に終わってしまうのが関の山だ。あるいは、サステナビリティの重要性は認めるが、短期的な利益確保のために身動きができず、ビジネスとして立ち上がっていかないケース。

これに対して、一貫したマネジメント・プラクティスとして統合しようとする動きもある。私が親しく交流するアレックス・オスターワルダーとイブ・ピニョール(※1)の2人の活動がその1つの例かもしれない。彼らが開発したビジネスモデル・キャンバスを中心に置きつつ、イノベーション創出のプロセスから、新規事業と既存事業のポートフォリオ・マネジメントやカルチャーの変革までを有機的につなぎ、実践的な方法論として打ち出して世界中の様々な企業を指導している。このような動きを加速していかなければならない。

複合的な危機に直面する今ほど、21世紀にふさわしいホリスティックなマネジメントが求められるときはない。ドラッカー・フォーラムが野心的とも思えるNext Managementイニシアティブを立ち上げた理由はここにある。一方で、この議論を進めるにあたり、リチャード・ストラウブは、ドラッカーの原点に立ち返ることの重要性を強調している。つまり、ドラッカーのマネジメント思想に立脚しつつ、変化する現実を踏まえて再創造することに挑戦しているのだ。

(※1)アレックス・オスターワルダーはStrategyzerCEO、経営コンサルタント。イブ・ピニョールはローザンヌ大学教授。両者の共著でインビンシブル・カンパニー、ビジネスモデル・ジェネレーションなどのベストセラー多数。また、両者はThinkers50で継続的にトップ10入りする世界有数の経営思想家。

ドラッカーのマネジメント思想

ピーター・ドラッカー(1909-2005)は、モノを大量生産・消費する産業資本主義が中心的なパラダイムだった20世紀に、21世紀の未来を先取りする洞察を次々と発表していった。人間中心(ヒューマンセントリック)のマネジメントを唱え、企業がイノベーションを生み出して自ら変革することの重要性とともに、勃興しつつある新たな知識社会(ナレッジ・ソサエティ)について語った。さらに、企業の社会的責任にそれほど注意が向けられていない時代に、企業が社会の共通善としての価値を生み出すことを強く訴えた。

私たちが日常意識することなく使っている「マネジメント」という言葉は何を意味しているだろうか?ドラッカーは、何よりも「マネジメントとは人間に関することだ」と強調し、「その任務は、人の長所を生かし、短所を補うことによって、人々が協力して成果をあげるようにすること」だと説いた。別の言い方をすれば、人の持つ知識を顧客や社会に対する価値に変換する営みがマネジメントの根幹となる。

ドラッカーは、マネジメントは営利企業に必要であるだけでなく、「社会を構成する営利・非営利の様々な組織が、社会におけるそれぞれ独自の価値を生み出すための機構である」とも定義している。彼が「企業は社会の公器(Organs)である」と語ったことはよく知られている。社会とは、人と人が相互に交流する関係性の総体だ。この点で、ドラッカーが自分自身をソーシャル・エコロジスト(社会生態学者)と称していたことは特に興味深い。多様な生き物が相互に関係し合って自然の生態系を織りなすように、ビジネスを行う企業や公共・医療・教育などのサービスを提供する様々な組織と人々が相互に関係し合って社会の生態系が形成される。そして、社会的な課題の解決(ソーシャル・イノベーション)を利益を生み出すビジネス機会に転換していくべきだとドラッカーは説いている。

今、複合的な危機が突き付ける強烈な圧力の下で、組織内および組織外の人と人との関係性、人とAIなどのテクノロジーとの関係性、そして人と自然環境との関係性が大きく変化しようとしている。21世紀のマネジメントを再創造するとは、言い換えれば、人の関係性を再定義することにもほかならないと思う。

Next Managementの7原則

リチャード・ストラウブは、Next Managementの実践的な指針を形作っていくうえで、その議論を導く7つの原則を以下のとおり発表している。

  1. Innovation, more than efficiency(効率性よりもイノベーション)
  2. Ecosystems, more than single institutions(個社ではなくエコシステム)
  3. Long-term, more than short-term focus(短期よりも長期的な視野)
  4. Human augmentation, more than automation(自動化よりも人の能力拡張)
  5. Management as an art, more than a science(サイエンスよりもアートとしてのマネジメント)
  6. Reality grounded, more than ideology(理念よりも現実重視)
  7. Self-renewal capacity of institutions – not revolution(革命ではなく自己変革能力)

これらの原則は、いずれもドラッカーの思想にルーツがある。マネジメントにおいては、オペレーションの効率性向上のみを追求するのではなく、イノベーションを継続的に生み出す仕組みを構築することが不可欠だ。そして、前述のように、企業、政府、非営利組織、コミュニティも加わるエコシステムにおいて、長期的な視野に立ってどのような価値を社会に提供していくのかが問われている。

ドラッカーが説いたように、マネジメントの起点は人だ。人が行っていた業務をAIで自動化して単純に置き換えるよりも、むしろ、どのようにしてAIの力で人の能力を拡張して、より大きな価値を生み出すのかが経営課題となる。そして、マネジメントとは人を育成し、その知識を価値に変換する実践的な営みであり、リベラル・アーツとしての性格を持つ。また、実践的な営みであるからこそ、理念よりも現実を直視することが重要だ。世界の現実が、複合的な危機に直面して大きく変化していることは間違いないだろう。

最後に、ドラッカーが変化(Change)と継続性(Continuity)の両方のバランスを重んじていたことを強調しておきたい。彼は、ソーシャル・エコロジーの観点に立つと、マネジメントの目的は、イノベーションによって変化を引き起こすことと、従来のやり方を継続することのバランスを取ることだと述べている。企業も社会も、自己変革できるかどうかということが長期的に持続できるか否かの分かれ目だ。

ドラッカー・フォーラムはこれら7つの原則に立脚しつつ、オープンに議論を戦わせてNext Managementの解像度を上げていこうとしている。そして、世界中のより多くの企業や組織がNext Managementを自律的に実行していくことを通じて、結果として、よりサステナブルな世界の実現に貢献することを強く期待している。

知識労働の未来

Next Managementについて議論する初年度となる、2024年11月14日~15日に開催される第16回フォーラムのテーマは「Next Knowledge Work(知識労働の未来)」に決まった(第16回フォーラムの詳細はこちらを参照)。

ドラッカーは、21世紀の知識社会における最大の課題は知識労働の生産性向上だと考えていた。今、AIの戦略的活用は、世界中の経営層にとってのトップアジェンダの1つとなり、企業はAIのビジネス適用を加速している。富士通が2024年1月に世界15か国 800人のCxOに対して実施したグローバル調査(※2)では、ほとんどの企業が今後3年間という短い期間に非常に広範な知識労働の業務にAIを適用するというアグレッシブな見通しが得られた(図1)。

人とAIの関係性については、両者がお互いを補完して能力を高め合うパートナーになると考えるCxOが全体の70%に上る。その一方で、AIの導入が従業員数に与える影響についてどう考えるかと問いかけたところ、40%が「人員を削減する」と答えたのに対して、ほぼ同数の41%は「人員を削減しない」と答え、意見が拮抗した(図2)。

人類の歴史において、テクノロジーは人間の境界(バウンダリー)に影響を与えてきた。服をまとうようになった人間は、逆に自分の裸を晒すことを恥ずかしく思うようになり、服は自分の一部となった。古代の石器に始まる様々な便利な道具は、人間の手の延長として脳が認識するようになった。私たちが自動車を運転するとき、まるで人馬一体という言葉がふさわしいように、自在にカーブを曲がり加速することができる。そのとき、自動車は自分の延長となっているのではないだろうか。今後、生活や仕事のあらゆる場面でAIを使うようになったとき、AIは人間をどのように変えていくだろうか。人とAIがどのように知識創造のエコシステムを構築するのか。どのような新しい組織形態やビジネスプロセスの変革が起こるのか。人はどのような能力・スキルを向上させていくべきか。人とAIの生産性をどう定義し、計測していくか。倫理やルール・ガバナンスはどうあるべきかなど、論点は尽きない。

(※2)富士通SX調査レポート2024 AIが加速するサステナビリティ・トランスフォーメーション

人起点のトランスフォーメーション

最後に、私個人がドラッカーからどのような影響を受けたかについてお伝えしたい。私は、富士通に在籍した最後の10年間、同社の未来ビジョンFujitsu Technology and Service Vision(FT&SV)の制作と世界に向けたコミュニケーションをリードした。富士通が掲げた未来のヒューマンセントリックなビジネス・社会の姿を構想し、そこに至る実践的なアプローチを組み立てるにあたり、人と社会について洞察するドラッカーの思想は重要な指針となった。普段、私たちがラベルを付けて区別している顧客も、従業員も、家族もコミュニティも、煎じ詰めれば同じ「人」ではないだろうか。FT&SVでは、テクノロジーを使って人をエンパワーし、共通のビジョンの下でエコシステムを通じてイノベーションを共創する企業の姿を一貫して追求した。なお、最新のFT&SV2024(※3)は、AIを活用して環境と社会にネットポジティブなインパクトを与える企業への自己変革について、Regenerative Enterprise(再生型企業)というソートリーダーシップを展開している。

ドラッカーの思想については、富士通のリーダーシップ教育プログラムの中で、現在一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生と多摩大学教授の紺野登先生から薫陶を受けた。人間中心、社会の共通善、知識社会といったキーワードを軸に、知識を活性化してイノベーションを創造することの重要性を叩き込まれた。また、私がリチャード・ストラウブと初めて会ったのも、お二人が発起人であるトポス会議(※4)でのことだった。昨年、野中先生がドラッカー・フォーラムの母体であるPeter Drucker Society Europeから、知識ベースのマネジメント理論によるマネジメント思想へのユニークな貢献に対して名誉フェローを授与されたこと(※5)は、大変喜ばしいことだった。

私が現在Senior Advisorとして所属するRidgelinezも、ドラッカーの思想に通じる人起点のビジョンを掲げて、ユニークなHuman Transformation(※6)のアプローチを通じた企業変革をお手伝いしている。企業が中長期にわたって持続していくには、企業と従業員、企業と顧客、そして企業とコミュニティが響き合う関係性を構築していくことが不可欠だ。そのためには、カスタマー・エクスペリエンス(CX)やエンプロイー・エクスペリエンス(EX)、オペレーショナル・エクセレンス(OX)やマネジメント・エクセレンス(MX)といった個別の課題を独立して解決しようとするだけでは不十分であり、人を起点に包括的なアプローチを実行する必要がある。このRidgelinezのホリスティックなアプローチ(4X)は、ドラッカー・フォーラムのNext Managementが目指すものに共通するところがあると強く感じている。

Next Management全体を貫くテーマは、人の能力や創造性を解き放ち、パーパスに基づいて力を合わせることによって、より良い社会を築くことだ。私自身もNext Managementイニシアティブに積極的に関わりながら、ビジネスリーダーのためのインサイトを提供していきたいと思う。

(※3)Fujitsu Technology and Service Vision 2024
(※4) トポス会議:2012年、野中郁次郎教授と紺野登教授が発起人となって発足した国際会議(w3i)。「トポス」とはギリシャ語で「場」を意味し、トピックの語源でもある。国内外の賢者が日本に集まり、対話の場を設け、直近の問題ではなく、将来にわたって重要となるテーマを共に発見し、パースペクティブを得る会議として、2019年まで計13回開催。
(※5)プレスリリース 国立大学法人一橋大学「野中郁次郎名誉教授が Peter Drucker Society Europe より「名誉フェロー」授与」
(※6)Ridgelinez Human Transformation

執筆者プロフィール

元富士通のVP・チーフストラテジストとして同社の未来ビジョンのストーリー制作を10年以上にわたりリード。現在、富士通が設立したコンサルティング企業であるRidgelinezのシニアアドバイザー、ならびにGlobal Peter Drucker Forumのアンバサダー。

執筆者

  • 高重 吉邦

    Ridgelinez株式会社

    Senior Advisor

※所属・役職は掲載時点のものです。

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