生成AI時代に人間に求められるスキル(前編):生成AIがもたらす衝撃とは? 正しく向き合わなければ企業リスクに
チャットGPTをはじめとする生成AIの登場は、ビジネスや仕事に計り知れない影響をもたらそうとしています。もっとも生成AIの安全性や有用性を疑問視して業務での活用に二の足を踏む企業も少なくありませんが、すでに政府では生成AIの業務への活用に積極的な姿勢を示し、国内大手企業でも業務での活用例が多数報告され始めています。
こうした先端技術に対して拒否反応を示すのでなく、自社の業務やビジネスにどのように適用できるかを考えなければ、やがて企業競争から脱落し、淘汰されてしまいかねません。
本コラムでは前編・後編の2回にわたり、生成AIがもたらす既存のビジネスや業務への影響を俯瞰しながら、AI隆盛時代において、今後、人間に求められるスキルや姿勢を解説します。前編となる今回は、まず生成AIの概況や同技術に対する日米での意識の差異、企業の動向などを概説します。
※本稿は、田中道昭『生成AI時代 あなたの価値が上がる仕事』(青春出版社)の第4章「AIが塗り替えはじめたビジネス地図」の一部を再編集したものです。
生成AIはビジネスや仕事に破壊と創造をもたらす
チャットGPTの登場は、日々の仕事のやり方や企業での働き方ばかりでなく、ビジネスや産業界そのものをも変革する可能性を秘めたものです。生成AIの登場は「原子力やコンピュータの登場に匹敵する変化」である、と太田邦史副学長が2023年4月3日付けで東京大学のホームページに掲載したように、生成AIには大きな期待が寄せられるとともに、それとは真逆の大きな脅威にも襲われています。
その脅威とは、生成AIによって既存のビジネスや仕事が破壊されるのではないか、といった不安です。実際、前述したように米ゴールドマン・サックスの報告書では、生成AIは3億人分の仕事に匹敵する可能性があるとまでいわれているのです。
実際に生成AIが普及するとどうなるか考えてみましょう。たとえば、顧客サービスでは生成AIを活用することで、顧客からの問い合わせに24時間、365日対応することができるようになります。文字どおり年中無休で、しかもよりパーソナライズされた対応が可能になります。
マーケティングではどうでしょう。生成AIを活用すれば、ターゲットに合わせたコンテンツを自動で生成したり、ウェブページ上の広告のクリック率を向上させたりすることも可能です。研究開発部門では、新たな製品やサービスの開発のために生成AIを活用することもできるようになるでしょう。新薬の開発のような分野でも、生成AIを活用して効率化をはかることが可能なのです。
実際の仕事面ではどうでしょう。生成AIを活用することで、仕事の効率化が可能で、生産性を上げることができます。たとえば定型的な業務やルーティンワークといったものは、生成AIによって自動化させることができます。
こうして生成AIによる自動化が進めば、人間はより創造的な仕事や人間にしかできない仕事に集中できるようになるでしょう。しかも、生成AIを活用したカスタムオーダーサービスや、生成AIを使ったコンテンツ制作サービスといった新しいビジネスも生まれてきます。
これらの新しい仕事は、従来のビジネスモデルでは発生しなかった仕事であるため、生成AIによって新たな雇用の創出につながるともいえるのです。
一方で、米ゴールドマン・サックスが予想するように、生成AIによってビジネスや仕事が破壊される可能性もあります。定型的な業務やルーティンワークが自動化されれば、これらの仕事に従事している人々の雇用が失われるかもしれないわけです。新しいビジネスモデルが生まれることで、既存のビジネスモデルも淘汰されていくことは十分にあり得ます。
もちろん、まだ始まったばかりの生成AIですから、これによってどのようなビジネスが破壊され、どのような職業が淘汰されるのかは確実ではありません。生成AIは産業革命に匹敵すると考えられていますが、蒸気機関の発展によってもたらされた第一次産業革命や、電力の開発による第二次産業革命、デジタル技術の進歩による第三次産業革命といったそれぞれの時代に、多くの人々が仕事をなくし、路頭に迷う生涯を送っていたでしょうか?
そんなことはありません。いつの時代も、産業革命によって新たなビジネスや産業が生まれ、それによって雇用が拡大しています。ロボットや人工知能による第四次産業革命でもまた、新しいビジネスや産業が生まれてくる可能性のほうが大きいのです。
日米の比較に見る生成AIへの関心度
新しい技術や画期的な製品が出てくると、これらのものに拒否反応を示す人々は一定数出てきます。生成AIも同じです。
チャットGPTの登場から、まだ1年ほどしか経っていませんが、23年10月にGMOリサーチから興味深い調査結果が発表されています。「生成AIの利用実態・意識に関する調査」と題された調査で、日米の比較も実施しています。
この調査のなかで、生成AIを利用したことがある人の割合を比較してみると、日本では18・7パーセント、米国では29・5パーセントとなっていました。調査は23年8月に実施されていますから、チャットGPTが始まってから9カ月ほど経った頃です。それでも仕事に大きく影響を与える可能性がある生成AIを、利用した経験のない人が日本では80パーセント以上にもなるというのは驚きです。
生成AIを認知している人のなかで、実際に業務に利用してみたかどうかと質問したところ、日本では10・7パーセント、米国では29・5パーセントの人が、業務に利用した経験があると答えています。ここでは約3倍もの差が出ています。
もっとも、生成AIが登場して1年にも満たないためか、生成AIを業務に利用していないと回答した人のうち、「生成AIの利用方法がわからない」と答えている人が約40パーセントにものぼっており、また「生成AIの安全性に問題があるから」と回答している人も、日本で22・7パーセント、米国で32・5パーセントいました。
生成AIの使い方やその利用実例などが紹介されていけば、これを業務に利用しようと考える人の割合も増えていくでしょうが、GMOリサーチの調査ではまだ消極的にしか取り組んでいないことがわかります。
政府も生成AIへの活用に積極的な姿勢
23年4月には、オープンAIのサム・アルトマンCEOが来日して岸田文雄首相と面会しています。面会後、岸田首相は「新しい技術が登場し、利用されている一方、プライバシーや著作権といったリスクも指摘されているという状況について意見交換した」と語り、生成AIに取り組む姿勢を示しています。
その証拠に、同年11月には内閣府で「第6回AI戦略会議」が開催され、開発者や提供者にルールの順守を促すための措置を検討する方針を示しています。また、内閣人事局の主催で中央省庁向けに「働き方改革促進のための生成AI活用ワークショップ」も開催されています。生成AIは、行政サービスの効率化や新たな行政サービスの提供につながる可能性があります。たとえば、生成AIを活用することで、行政手続きの自動化や、国民の声を分析した政策立案を実現したりすることが可能になるでしょう。そのために、研究開発資金の提供や、人材育成の支援を行い、政府として生成AIの国際標準化にも積極的に取り組もうとしています。
政府が積極的に生成AIを活用していこうとしている半面、企業のなかには生成AIの利用を禁止しているところもあります。第四次産業革命とまで称される生成AIに乗り遅れれば、いずれ産業界から取り残され、淘汰されてしまう危険性が高まるのです。
生成AIがあらゆる仕事のベースになる
オープンAIのチャットGPTは、質問や命令を指定すると、その回答を返してくれるサービスです。グーグルやヤフーの検索に似ていますが、異なるのは返ってくる回答はAIが作成したものだという点です。
これだけを見ると、あまり仕事に利用できそうもない、と考える人も少なくないでしょう。ところが、図2の画面のように質問の内容や指示を具体的に、あるいは詳しく記入して指定するだけで、驚くほど的確な回答をしてくれます。
この例を見るまでもなく、すでに生成AIは仕事や日常業務に便利に活用できるレベルにまで達しています。ちょっと使ってみたが、たいした回答ではなかった、と感じた人は、自分が記入した質問や命令に問題があるのです。
さらに、その先の使い方があります。生成AIというのは、さまざまなサービスやプロダクトに実装することで、威力を発揮していきます。
たとえば、ワードやエクセルといった日常的に使っている仕事のツールにも、すでに生成AIが組み込まれようとしています。ワードで企画書を作成中に、「この部分は、世界的にはどのように評価されているの?」などと質問すると、ワード文書のなかに生成AIによって作成された文章が挿入されていく、といった具合です。
あるいは、オンライン会議を行って議事録を作成したいとき、生成AIで指定するだけで音声を文字起こししてテキストにし、さらに全体の要約を先頭に追加してくれる、といったことも可能です。会議の音声を聞きながら文字起こししようと思えば、会議時間と同じかそれ以上の時間がかかりましたが、生成AIに任せればほんの数分で、議事録からサマリーまで完成してしまうのです。
新しい製品やサービスを立ち上げたとき、ユーザーから操作方法の質問などが届くこともあるでしょう。カスタマーサービスでは、それらの質問や問い合わせに一つひとつ答えていく必要がありますが、事前に作成しておいたマニュアルを生成AIに読み込ませ、学習させておけば、ユーザーの質問や問い合わせに適する回答を生成AIが行ってくれます。これならユーザーの問い合わせに対応する要員さえ不要になります。
これまでマニュアルだの経験だのといったものに頼っていた仕事、それどころかあらゆる仕事が、すべて生成AIを組み込むことで飛躍的に効率化していくことになります。このとき残った仕事こそが、生成AI時代に必要な仕事です。それこそが生身の人間にしかできない仕事になるのです。
AIに乗り出した企業、後れをとる企業
米ゴールドマン・サックスの報告書では、AIが雇用に影響を与える部門は、事務部門で46パーセント、法務で44パーセント、建設で6パーセント、保守で4パーセントといった数字が出ていました。
これはAIに影響を受ける、あるいはAIに取って代わられる仕事の割合です。どんな企業にも事務部門や法務といった部署がありますが、これらの部署が大きな影響を受けるという意味です。
企業によって内容も大きく異なってきますが、たとえば広報や広告といった部署。新しい製品やサービスを発売するときには、マスコミ向けにニュースリリースを作成したり、広告を作成したり、あるいは製品やサービスを周知し、盛り上げるためのイベントを開催したりするケースもあるでしょう。
第1章(※)でも例で示したように、これらのニュースリリースの内容や文面を考えたり、あるいは、イベントの企画を作ったりといったときも、生成AIが大いに役立ちます。製品名やサービス名称、価格、発売日、製品の特徴などを記入して、ニュースリリースを作るよう命令すれば、チャットGPTでもほんの10秒程度で立派なニュースリリース(の下案)が出来あがります。
実際に生成AIを使ってみれば、効率化という点では革命的ともいえるほどです。この効率化のためか、すでに大手企業でも生成AIを業務に取り入れているところもあります。
たとえば、国内の企業でもいち早くチャットGPTを取り入れたのが、パナソニックグループで、BtoBソリューションサービス等を担う事業会社のパナソニックコネクトです。
同社は23年6月という早い段階で「パナソニックコネクトのAIアシスタントサービス『ConnectAI』を自社特化AIへと深化」というニュースリリースを発表しています。これはチャットGPTをベースに自社向けに開発したAIアシスタントサービスの「ConnectAI」を、自社の公式情報も活用できるよう機能拡大して運用するというもの。
23年10月以降は、これをカスタマーサポートセンターの業務にも活用しはじめているそうです。
大和証券でも、23年4月から全社員がチャットGPTを業務利用しはじめているそうです。同社では、日々さまざまなIR資料や英文資料といったものを読みこなし、さらに膨大な量の英文資料を作成する必要があり、これらの作業にチャットGPTを使うことで、大幅な効率化と経費の削減が可能になったとのことです。
大手企業でさえ生成AIを業務に取り入れるために、さまざまな試行錯誤を行っています。にもかかわらず、企業のなかには、利用法がわからなかったり、生成AIの安全性に懐疑的だったりして、チャットGPTなどの利用に二の足を踏んでいるところも少なくありません。
自分たちがこれまでの経験と独自のノウハウでやってきた業務が、AIなんかにできるはずがない、と思いたい気持ちもわかります。しかし、生成AIに何ができるのか、自分たちの仕事のどこに活用できるのか、利用することで新しい可能性が生まれないのか、といったことを実践してみて、AIを利用するかどうかを決めるべきでしょう。いまから生成AIに乗り遅れた企業は、やがて時代からも業界からもドロップアウトする危険性があることを認識しておくべきです。
(※)田中道昭『生成AI時代 あなたの価値が上がる仕事』(青春出版社)第1章「チャットGPTはその始まりでしかなかった」