COLUMN
2025/01/15

ドラッカー・フォーラムで議論された知識労働の未来

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ドラッカー・フォーラムで語りかけるオックスフォード大学名誉教授ロビン・ダンバー

2024年11月14日と15日の2日間、第16回Global Peter Drucker Forum (以下、「ドラッカー・フォーラム」)が開催された。現代経営学の父と称されるピーター・ドラッカーの業績を記念し、世界トップクラスの経営思想家と企業のビジネスリーダーが毎年この時期にオーストリアのウィーンに集い、経営理論と実践の両方の立場から議論を戦わせる、世界でも非常にユニークな国際会議だ。今回も様々な分野を代表する約100名のスピーカーが登壇し、世界中から集まった参加者を交えた思考の融合が起こった。私の直近のコラムで紹介したように、ドラッカー・フォーラムは今後5年をかけて、21世紀の新しい経営のあり方を様々な角度から議論して取りまとめていくNext Managementイニシアティブを開始している。その初年度となる今回のフォーラムのテーマは、Next Knowledge Work (知識労働の未来)だ。

ドラッカーは、モノを大量生産・大量消費することを追求した20世紀の産業化時代に、知識が価値を生み出す知識社会(ナレッジ・ソサエティ)という未来を先取りしたビジョンを提示。人の持つ知識を顧客や社会に対する価値に変換する営みが経営の根幹だと説いた。だからこそ、知識労働の生産性(プロダクティビティ)向上が、ドラッカーが経営の最大の課題として捉えていたものだった。しかし、組織が巨大化して効率性を高める一方で、生産性は明確な伸びを示したのだろうか。さらに今、生成AIの急激な進歩は、工場や事務における型どおりの作業ではなく、高度な知識労働の作業を自動化しつつある。果たして、知識労働はもはや死に体なのだろうか:
Is Knowledge Work Dead?

2日間の議論を振り返ってみて、このテーマに対して今回大きく2つの問いかけがなされたと感じた。1つは、「大きいことはいいことだろうか」であり、もう1つは「人間らしく働くとは何か」だ。言い換えれば、企業の規模(スケール)を縦糸に、人間性(ヒューマニティ)を横糸に議論が織りなされた。以下に、20世紀から現在にかけて企業の巨大化はどのようなインパクトをもたらしたのか、人間にとってあるべき組織とは何か、人間はAIをどのように活用すればよいのか、という点についての特に印象に残った議論を紹介し、最後に今回のフォーラムにおける議論の延長線上にある長期的な未来展望について私の考えを述べたい。

20世紀とはどういう時代だったのか――「スケールの呪縛」

20世紀を一言で表現するとすれば、「大きいことがいいことだ」と誰もが信じて規模の拡大を追求した時代だったのかもしれない。産業化による経済成長と同期して先進諸国の人口は急激に増加し、企業は巨大化していった。この産業化時代を支配したパラダイムは、企業規模やマーケットシェアなどのスケールが競争優位性をもたらすというものだった。しかし、企業の巨大化は階層型組織の肥大化とビューロクラシーの弊害をもたらした。

ロンドン・ビジネススクール客員教授で、世界で最も影響力を持つ経営コンサルタントの1人であるゲイリー・ハメルは、「企業のビューロクラシーを打破し、従業員の誰もが勇気を持って不確実性に対応し、創造的で活力に満ちた活動を行うことができるように企業を再創造すること(“Daring, Resilient, Creative, Energetic”)が最重要課題だ」とビデオメッセージで語った。彼は、米国の管理職層の総数は過去40年間に他の役職の3倍の率で増加したが、ほぼ同じ期間に米国含むG7諸国の労働生産性の伸びは半分以下に低下したと指摘(※1)。米国企業の利益とCEO報酬は急上昇したが、それは実際には実質金利の低下と政府負債の拡大、さらには労働者賃金とのアービトラージ(鞘取り)の結果だったと分析。実際に1979年から2023年にかけて米国労働者の実質賃金はわずか8%しか伸びていないとのデータを示した(※2)。かつて盤石だった中産階級は崩壊して格差が拡大、誰もが努力すれば成功できる機会があるというアメリカン・ドリームの時代はもはや過ぎ去ったと語る。こういった変化は米国だけの現象でなく、欧州各国や日本にも当てはまることだろう。

ロンドン・ビジネススクール客員教授 ゲイリー・ハメル(ビデオより)

ゲイリー・ハメルが「従来の階層型組織の変革が急務だ!」と声を大にするのに対して、2017年にThinkers50で世界のNo.1経営思想家(※3)に選ばれたトロント大学ロットマン・スクール・オブ・マネジメント元学長 ロジャー・マーティンは、都市建築のメタファーを使いながら異なるアプローチを提案した。彼の主張は、「都市の大規模建造物のように巨大化した企業の規模に対して、働く人間が自らを大きく感じるような親密性を企業は設計すべきだ」というものだ。過去60年間にフォーチュン500企業の平均売上は10.7倍に拡大し、大都市に匹敵する10万人以上の従業員を擁する巨大企業も数多く生まれた(※4)。企業の規模拡大は固定費率を大きく低下させ、規模の経済効果(スケールメリット)をもたらすという意義があったと語る。そのうえで、こういったスケール拡大は、組織の「標準化・部門化・従属階層化」という3つの働きによって達成されたと分析。企業における様々なジョブやプロセスは標準化され、組織は営業・製造などの部門に分割され、ボトムからトップに至る数多くのレポーティング階層が構築された。しかし、その副作用として、企業で働く人は機械の歯車のように矮小化され、他の部門で何が行われているのか全く分からなくなり、働く自由裁量を失ってしまった。結果として、米国労働者の68%が企業とのつながりを失ったと感じているという惨状に陥ってしまったと強調した(※5)。この状況から再び企業の活力を蘇らせるために、企業は従業員が自らを大きく感じるように企業と従業員の間の親密な関係を再構築しなければならない。そのために、「標準化・部門化・従属階層化を今までとは違う形で設計する必要がある」と語る。その3つの事例として、企業内マイクロ・エンタープライズとの厳密に標準化された契約によって契約の範囲内で自由に事業を遂行することを可能にしたハイアールと、多数あるクリエイターとブティックの各部門にデザインする自由と購買する自由を与えたエルメス、そして各ブランドマネージャーが階層型組織を横断する形で大きな裁量を持つようにしたP&Gの取り組みを挙げた。

ロットマン・スクール・オブ・マネジメント元学長 ロジャー・マーティン

(※1) US Bureau of Labor Statistics Population SurveyおよびOECDデータに基づくGary Hamel資料
(※2) US Bureau of Labor StatisticsおよびUS Bureau of Economic Analysisに基づくGary Hamel資料
(※3) Thinkers50
(※4) Roger Martin資料
(※5) DisengagedとNon-engagedの合計数 Gallup Workplace April 2022に基づくRoger Martin資料

人間にとってあるべき組織とは何か――「ビレッジと家」

今回のフォーラムでは、企業が巨大化して効率性を追求していく中で、ロジャー・マーティンが語るように従業員が企業とのつながりを喪失するばかりでなく、うつ病に代表される心身の健康不全を引き起こした状況が数多く指摘された。これは、本来の知識労働者の生産性を押し下げる重大な要因となっている。では、人間らしく働くことができるヒューマンセントリックな組織を築くキーワードは何だろうか?

オックスフォード大学名誉教授で進化心理学者のロビン・ダンバーは、「ある時点でひとりの人間が持つことができる意味ある人間関係の上限は150人であり、経営者は人間らしい関係を築くことができるビレッジ(村)のような組織を構築しなければならない」と語った。彼は、この150人という人間社会のマジック・ナンバー(ダンバー数)の発見者として世界中で知られており、かくいう私も彼の話を直接聞くことに興味津々だった。この上限は人間の脳の大きさと使うことができる時間によって制約されていて、狩猟採集社会における全員平等なコミュニティの規模であり、現代社会においても誰もが誰をもよく知るビレッジの人数だ。また、彼によるとFacebookでよくつながり合う友達の平均数も約150人とのことだ。ロビン・ダンバーは「人間とは、人と人がつながりあう社会的な存在だ」と強調し、こころの健康(メンタルヘルス)と身体の健康(フィジカルヘルス)のみが問題視されるが、それらを支える本当に重要なものは社会的な健康(ソーシャルヘルス)だと語る。うつ病と心筋梗塞に関する調査結果を紹介しながら、「心身両面で人が健康に生きることと相関が統計的に突出して高い要因は、5人の親密な友人・家族を持つことだ」という興味深い洞察を述べた。意外なことに、誰もが求めるウェルビーイングの一番の秘訣は、エクササイズすることでも、タバコをやめることでも、食習慣を変えることでもなく、友人関係にあったのだ。

オックスフォード大学名誉教授 ロビン・ダンバー

知識労働の生産性を向上するには、従来のように効率性のみを偏重するのではなく、人の感情や情動、共感といった要素を見直さなければならない。INSEAD准教授で精神医学の医学博士でもあるジャンピエロ・ペトリグリエリは、「私たちは、組織とは人間が学び・働き・生きる場であるということを再認識すべきであり、それを人間が生きる家(メゾン)のような場にするべきだ」と語った。ロジャー・マーティンが指摘したように、私たちは企業を巨大建造物や機械のような存在として見てしまい、そこで人間が生きていることを忘れてしまいがちだ。「たしかに知識労働は死に体になった(Knowledge Work Is Dead)、でもそれはAIのせいではなく、巨大組織という機械のせいだ。経営者は、良い家庭を築くのと同じように、従業員が安心して、自由に学んで自律的に成長できる場を与えることが何よりも重要だ」と彼は主張した。

INSEAD准教授 ジャンピエロ・ペトリグリエリ

現在Thinkers50で世界No.1経営思想家にランクされるハーバード・ビジネススクール教授 エイミー・エドモンソンもペトリグリエリの発言に共鳴し、心理的安全性を確保して誰もが気兼ねせず自由に発言できる環境を作り、スマートに失敗しながら、人々が顧客や社会が求める価値の実現のためにコラボレーションすることが重要だと述べた。今回のフォーラムで生み出された重要なコンセンサスの1つは、「企業経営者の大きな役割は、知識労働者の生産性を最大化するために、人が安心して自由に働くことができる環境を整えることだ」というものだったと思う。

ハーバード・ビジネススクール教授 エイミー・エドモンソン

人間とAIのインテリジェンス――「一般化と個別化」

では、知識労働の生産性に対して、進歩を続けるAIはどのような影響を与えるのだろうか? 人間とAIのインテリジェンスはどのように違っていて、私たちはAIをどのように活用すべきなのだろうか?

サイバースペース研究で知られるハーバード大学バークマン・センターの元フェローでテクノロジーについての哲学者であるデイヴィッド・ワインバーガーは、「AIはデータ間の関係性を統計的に把握しているのみで、人間と同じような知識を持っているわけではない (“AI Has No Knowledge!”)。人間が一般化することに優れているのに対して、AIは個別具体的な事項の関係性を把握することに優れている」と指摘した。人間は経験を通じて具体的な物事の本質を瞬時に捉え、一般化・概念化することができる。一方、AIは千差万別に多様で具体的な事物をそっくりそのまま個々のデータとして把握して相関性を分析することができる。

ハーバード大学バークマン・センター 元フェロー デイヴィッド・ワインバーガー

この一般化と個別化の軸を、前述した企業のスケール議論に当てはめて言えば、20世紀に巨大化した階層型組織に基づく経営とは、高度に一般化・標準化された“One Size Fits All”の経営だったということに気が付く。1つの一般化された戦略を立て、それを階層型組織にカスケード・ダウンして実行するというやり方で効率性を最大化することができた。しかし、組織の従業員一人ひとりが何を考えていて、彼らが個々に異なる顧客のニーズをどう把握していて、市場が平坦ではなく刻々と変化しているといった個別の状況は、ほとんど活かされることはなかった。

これに対して、ゲイリー・ハメルと『ヒューマノクラシー 人が中心の組織を作る』を共著し、大企業の変革を支援するマネジメント・ラボを共同運営するミケーレ・ザニーニは、「組織の知識はトップにあるのではなく、真のアイデアは顧客やパートナーと直接向き合う組織のエッジ(前線)で活動する人々から出てくる」と語り、「AIは個々の従業員の多様な能力やスキルを活かしてマッチングし、個別にコーチングすることを可能にする」と強調した。これからの知識労働のあるべき姿とは、AIによってエンパワーされたエッジ・セントリックな分散型の組織ではないだろうか。人がAIをうまく活用することによって、組織のエッジから知識創造型のイノベーションを起こすことが可能になると感じさせられた。

マネジメント・ラボ共同設立者 ミケーレ・ザニーニ

今後、急激な進歩を続ける生成AIや、次のビッグウェーブである自律的に判断・処理を行うAIエージェントが、知識労働のプロセスを抜本的に変革し、私たちが経験したことのないビジネスの激変をもたらすことが予想される。仕事のプロセスのある部分を構成する業務がAIによって代替可能となり、人は新しいスキルや能力の獲得を迫られるだろう。しかし、デイヴィッド・ワインバーガーが言うように、AIは人間と同じように世界についての真の知識を持っているわけではない。また、どんなに進歩しても、人間のように自己意識や身体感覚、豊かな感情を抱くことはできないだろうし、解くべき問題を自らフレーミングしたり、目的を生み出したりすることは困難だろう。世界的なプロジェクトマネジメント・プロフェッショナル組織 Project Management Institute プレジデント兼CEOのピエール・ルマンは、「人間がなすべき最も人間らしいことは、説明責任を果たすこと(アカウンタビリティ)、目的を定めて積極的にコミットすること(オーナーシップ)、選択すること(チョイス)の3つだ」と語った。今後、人とAIが協力して1つの仕事を進めることが重要になるだろう。今回のフォーラムにおけるもう1つのコンセンサスは、「AIで人の仕事を自動化するのではなく、人の能力を拡張して生産性を向上させる経営を追求すること」だったと思う。

Project Management Institute プレジデント兼CEO ピエール・ルマン

試論: 21世紀に来るもの――「スケールの逆回転」

ここで、今回のフォーラムにおける議論を受けて、その延長線上にある長期的な未来についての自分の懸念と試論を共有したい。今回の議論の基調として、「規模(スケール)」が語られたことは象徴的だった。前述したように、20世紀はスケール拡大の時代だった。ロジャー・マーティンは企業のスケール拡大について語ったが、社会のスケール拡大はもちろんそれだけではない。世界人口は1900年の15~17億人から2000年には60億人に増加し、2023年には80億人に達した(※6)。この間に都市化が進行し、1900年における世界最大都市は人口650万人のロンドンだったが、現在人口1000万人を超えるメガシティは33を数えるに至った(※7)。

この背景には、規模の経済効果(スケールメリット)がある。私たちを取り巻く自然も社会も、実は驚くほど単純で共通したスケールの法則に従っていることをご存じだろうか。すべての動物は体重が増えれば増えるほど、エネルギー代謝の効率性が非線形のべき乗則に従って良くなることがクライバーの法則として昔から知られていた。さらに、複雑系科学の研究センターであるサンタフェ研究所の元所長で物理学者のジョフリー・ウェストは、企業の売上・利益・原価・総資産や都市の社会インフラ数量も動物と同じように従業員数や人口の増大に応じて、べき乗則でスケールする現象を確認した。それだけでなく、都市における特許件数といったイノベーションの創発は、人口が増えれば増えるほど収穫逓増のパターンで増加することも分かっている(※8)。これは、GAFAMなどのデジタル・プラットフォームがサービス加入者数を急成長させたパターンと同じだ。20世紀に経験した企業規模や都市の巨大化の大きな要因の1つには、このようなスケールの法則が働いていると考えられる。

しかし、21世紀は私たちが経験したことのない時代になるだろう。日本の2023年の出生率は1.2と過去最低を更新した。出生率の低下に伴い、日本の人口は急減していき、約100年後の2120年には現在のわずか4割に満たない4900万人に縮小することが予測されている(図1、※9)。単に出生率が下がるだけでなく、母数となる人口の急激な減少が毎年複利計算の掛け算で効いてくるため、人口減少のシナリオは避けがたいと言われている。これ以上にショッキングなのは、京都大学の森知也教授の最新の予測シミュレーションが導き出した、2120年には7割以上の都市が消滅しているという研究結果だ(図2、※10)。例えば、私の故郷である四国では、人口10万人以上の都市は松山市のみになってしまう予測だ。

図1 日本の人口の将来推計(国立社会保障・人口問題研究所データ)
(出所: 京都大学 森知也教授 人口減少下での100年後の日本を考える)

この人口減少の潮流は日本だけの話ではない。米ワシントン大学は、世界人口は2064年に97億人でピークを迎え、2100年までには88億人に減少するという、従来予測よりも大幅に低い研究結果を発表して世界に衝撃を与えた(※11)。この予測には従来想定以上に進行した出生率低下の実績と予測が前提として織り込まれている(図3)。要因として、各国における教育水準の向上や女性の社会進出という本来ポジティブな要素が、出生率に対してはネガティブに影響したことが示唆されている。2050年までに世界204か国中155か国の出生率が人口維持に必要な2.1を割り込み、2100年までにはアフリカ6か国を除くすべての国々が人口を維持できない状態に達するという予測だ。日本はその先行指標に過ぎず、米国などの一部の例外を除く先進諸国の人口が急激に減少していくだけでなく、現在人口大国である中国や他のアジア諸国も後に続いていく。このシナリオはもちろん有力な予測結果の1つという位置づけであり、出生率を下げ止まらせるための取り組みの重要性を否定するものではないが、大きな時代の趨勢を表していることは間違いないだろう。アフリカを中心とするグローバルサウスへの地政学的・経済的シフトが加速するとともに、人口減少に伴う労働人口や需要者の減少、全世界的な高齢化、人口あたりの社会インフラ維持コストの増大などの問題が加速度的に表面化してくるだろう。一方で、気候変動などの環境問題に対しては、人口減少は結果的に緩和的な影響をもたらすことも期待し得る。地球上の生物にとって、より良い環境をつくり出すシナリオも考えられるだろう。また、移民受け入れは人口減少を緩和する有効な方策と考えられるが、各国で摩擦も広がっている。世界中で人口が減少する中で、将来的に移民の争奪戦となることもあり得るだろう。

図3 世界各地域における出生率の推移と予測
(出所: The Lancet)

21世紀はスケールが逆回転し始める時代になるだろう。今後100年にわたる逆スケーリングのプロセスにどのように対処していくのかが、企業にとっても自治体にとっても国家にとっても大きな課題となるだろう。100年というと長く感じるが、人生100年時代になって今年生まれた子供の一生だと考えれば、とても短い期間だ。そして、その兆候は「今ここ」にあり、すでに地方では加速度的に進んでいる。遠い将来の問題ではなく、10~20年で結果を出さなければならない問題ではないだろうか。1つの方策として、不足する労働力をAIやロボットを使ってどのように補完するのかが重要になるだろう。また、人口が減少する一方で、多様なAIエージェントとの仕事や社会生活におけるコミュニケーションが急激に増加していくことが予想される。社会とはロビン・ダンバーが語るように人と人がつながり合うネットワークなのだが、そのネットワーク・ノードとなる人の数が急減するのに対して、まるで人のようにコミュニケーションを行うAIエージェントが企業や社会の中に浸透していく。この新しいネットワーク社会をどのように設計するかが問われているのだと思う。

こういった未来を構想するうえで、今回のドラッカー・フォーラムから得た最も重要な洞察は、組織の効率性(エフィシェンシー)から人間の生産性(プロダクティビティ)に視点をシフトすることだ。一人ひとりが生み出す顧客や社会へのバリューをどのようにして向上し、結果として高い利益を生み出すのか。スケールと効率性を追求した巨大な建造物・機械の歯車としてではなく、人が安心して自由に働く場をどのようにして構築すべきなのか。AIはそのために使われなければならないし、AIを活用したエッジ・セントリックな組織はその1つの解になるのではないか。私たちには、20世紀を支配したスケールの呪縛から自らを解放することが求められているのだと思う。

(※6) 表1-8 世界人口の推移と推計:紀元前~2050年 – 国立社会保障・人口問題研究所
(※7) 最大の都市の一覧の変遷 – WikipediaLargest Cities by Population 2024
(※8) ジョフリー・ウェストは、著書「スケール 万物を支配する大きさの法則」の中で、「大きさが2倍で、2倍の細胞によって構成されている動物が毎日必要とする食料とエネルギーは、単純に線形に伸ばして推計されるような100%増にはならず、75%増にしかならない。…代謝率はべき乗則に従ってスケールし、その指数は3/4(0.75)に非常に近い…ゾウはネズミの約1万倍(10の4乗)重いが、ゾウの代謝率はネズミの1000倍(10の3乗)でしかない」と述べている。彼は、企業の売上・利益・原価・総資産や都市の送電線・道路・水道の全長やガソリンスタンド数といった社会インフラ数量も、従業員数や人口の増加に伴って、べき乗則でスケールすることを統計的に確認した。ただし、その傾きが動物の代謝の場合とは少し違い、企業の場合はばらつきがあるが指数0.9、都市の場合は指数0.85でスケーリングする。これらの指数1.0を下回るスケーリングは、いずれも徐々に伸び率が小さくなっていく収穫逓減のパターンだ。動物や社会の異なる組織体が同じようにスケールする背景には、組織のネットワークの類似性があると考えられている。動物の心臓から毛細血管にまで何度も分岐を繰り返しながら伸びていく階層型の血管ネットワークや、企業のトップからボトムまでの階層型ネットワーク、そして送電線や水道などの階層型ネットワークはお互いに相似している。動物の個々の「細胞」は、企業や都市における個々の「人」に対応する。動物の血管が全身の細胞に対して酸素や栄養を最も効率的に送り届けるように自己組織化したのと同様に、企業や都市のネットワークは従業員や住民に効率的にリーチするように設計されたのだろう。一方、都市における特許件数の場合は指数1.15という収穫逓増の“Winners Take All”(勝者総取り)パターンでスケーリングすることが興味深い。イノベーションの創発は、階層型ネットワークとは異なるスモール・ワールド型ネットワークやスケール・フリー型ネットワークの性質に負う所が大きいと思われる。
(※9) 日本の将来推計人口(令和5年推計) – 国立社会保障・人口問題研究所の将来人口中位推計
(※10) 人口減少下での100年後の日本を考える-地域、都市、家族のゆくえ (RIETI BBL セミナー2024年9月12日)
(※11) 2020年7月14日に英医学誌The Lancetに発表された、ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)が行った研究成果

まとめ

最後にこれまで述べたことの要点を簡単にまとめたい。

  1. 20世紀は企業のスケール拡大の時代だった。しかし、効率性が追求された一方で、階層型組織の肥大化とビューロクラシーの弊害をもたらした。「大規模建造物」のように巨大化した企業の規模に対して働く人々は矮小化され、企業とのつながりを喪失する状況に陥った。この状況に対して、経営者は働く人間が自らを大きく感じるような親密性を再設計しなければならない。
  2. 知識労働は死に体となったが、それはAIによる自動化のせいではなく、巨大組織という機械のせいだった。人間とは人と人がつながり合う社会的な存在であり、経営者の大きな役割は知識労働者の生産性を最大化するために、人が安心して自由に働くことができる「ビレッジや家」のような環境を整えることだ。
  3. 人間が「一般化」に優れているのに対して、AIは「個別化」に優れている。20世紀の経営は、高度に一般化・標準化された経営だった。しかし、組織の知識はトップにあるのではなく、顧客やパートナーと直接向き合うエッジ(前線)で働く個々の人々にあり、AIは彼らをエンパワーすることを可能にする(エッジ・セントリックな組織)。
  4. 今回フォーラムの議論を受けた試論:最新の研究結果では21世紀には世界的な人口減少が始まることが予測されており、これまで拡大方向に回り続けてきたスケールのギアが逆回転を始めることが予想される。日本はその潮流の最先端に位置づけられる。重要なことは、前世紀から続くスケールの呪縛から自らを解き放って、組織の効率性から人間の生産性に視点をシフトし、一人ひとりが生み出すバリューを最大化することだ。AIはそのためにこそ使われなければならない。

ドラッカー・フォーラムにおけるすべての議論の特徴は、その基調としてピーター・ドラッカーの人への思いが脈々として受け継がれていることだ。企業は機械ではなく人がつながり合う1つの社会であり、その社会で人がどのように価値を生み出すのかが経営の課題だ。今回のフォーラムでも、その基調の下で、様々な意見が交わされ、融合して新しい洞察を生み出した。私が現在Senior Advisorとして所属するRidgelinezも、ドラッカーの思想に通じる人起点のビジョンを掲げて、ユニークなHuman Transformationのアプローチを通じた企業変革をお手伝いしている。進歩するAIの力を活用しつつ、どのようにしてヒューマンセントリックな組織を構築し、顧客や社会へのバリューを高める経営を行うことができるのかが、日本企業にとっても大きな課題だと思う。ドラッカー・フォーラムでの議論が経営変革を行ううえでのヒントとなれば幸いである。

なお、今回のフォーラムでは、日本人として富士通の西恵一郎CEO室長が登壇し、外部のリーダーシップを積極的に招聘し、従来固定化していた従業員の流動性を大幅に高め、オープンなコミュニケーションを促進し、従業員一人ひとりのパーパスと会社のパーパスを相互確認し合うユニークな施策を通じて従業員が自律的かつ創造的に働くことができるようにする取り組みについて語った。今後、もっと日本からの登壇者や参加者が増え、世界の経営思想家・ビジネスリーダーに他流試合の論戦を挑むことを期待している。

今回のフォーラムの最後に、ドラッカー・フォーラムのプレジデント リチャード・ストラウブは、世界の企業経営者およびアカデミクスを巻き込んだ連合体(Next Management Coalition)を形成して21世紀の新しい経営のあり方であるNext Managementを浸透させていく意向を発表した。ドラッカー・フォーラムのアンバサダーとして、今後の進展についてもタイムリーに報告していきたいと思う。

(注)本コラム中のすべての写真は、Copyright: www.druckerforum.org

執筆者プロフィール

元富士通のVP・チーフストラテジストとして同社の未来ビジョンのストーリー制作を10年以上にわたりリード。現在、富士通が設立したコンサルティング企業であるRidgelinezのシニアアドバイザー、ならびにGlobal Peter Drucker Forumのアンバサダー。

執筆者

  • 高重 吉邦

    Ridgelinez株式会社

    Senior Advisor

※所属・役職は掲載時点のものです。

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