COLUMN
2024/04/24

「人的資本経営」はビジネス変革にどのように寄与していくのか(1)

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「人的資本経営」がホットトピックとなって以降、その取り組みに関するイベントが連日行われています。一方、従来の他の取り組みと同様にバズワード化が進み、人事施策の実行が目的化され、人事部門限定の取り組みとなっている例も見受けられます。

そこで、本コラムシリーズでは、ビジネス変革の観点から改めて人的資本経営を考えていきます。まず、本コラムシリーズ第1回では、「人的資本経営」における取り組みのポイントを再整理するとともに、ビジネス変革を進めるうえで「人的資本経営」が現状どのように関わっているかについて、Ridgelinezで実施した調査に基づき解説します。

対応が迫られる日本企業の「人的資本経営」

国際社会では、IT革命以降、無形資産の価値が高まり続けています。その結果、経営の世界において企業価値の持続的な向上のためには無形資産の1つである人材の価値を最大限に引き出すことが重要になるという認識が高まりました。また、投資の世界においても2006年の「責任投資原則」の提唱以降、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の考え方が広がりました。その結果、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が「ISO30414:人的資本に関する情報開示ガイドライン」を発表したことが1つのきっかけとなり、人的資本の価値を可視化し経営と投資に活かす動きが世界的に広がっています。

日本においても、国際社会の動きに合わせて、大手企業が個別に人的資本経営の取り組みと人的資本情報の開示について検討を進めていましたが、2020年9月に経済産業省が「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」の最終報告、いわゆる「人材版伊藤レポート1.0」を公表したことがきっかけとなり、多くの企業において「人的資本経営」が注目を浴びることとなりました。以降、日本の停滞を打破する成長戦略の1つとして位置づけられ、2022年には「人材版伊藤レポート2.0」や「人的資本の可視化指針」がまとめられました。また、投資の観点からも金融庁を中心に検討が進められた結果、2023年から「人的資本情報の開示」が一部の情報について義務化されました。この流れに合わせて、上場企業を中心に「人的資本情報の開示」に向けた取り組みだけでなく、本質的な「人的資本経営の実現」への取り組みを加速させており、2023年10月には人的資本経営コンソーシアムにより「好事例集」という形で、先行する各社の取り組みや工夫が共有されるなど、まさに今現在「人的資本経営」に向けて改革の真っ只中に差し掛かっている状況と言えます。

【図1】日本国内の「人的資本経営」の取り組み

「人的資本経営」の実現に向けた5つのポイント

現在、「人的資本経営」の実現に向けて、ディスカッションパートナーとして先行各社を支援していると思われるコンサルティング会社から、その取り組みのポイントが様々な形で提示されています。各社がこれまで提示してきた内容と我々の過去のお客様支援の取り組みを踏まえると、人的資本経営実現に向けた取り組みのポイントは大まかに5点に集約されると考えられます。

  • ポイント1.事業戦略と人事戦略の連携
    事業のリソース戦略を、人事として、どのように採用・育成・外部人材活用などと組み合わせて実現するのか
  • ポイント2.将来像の具体化とKPI設定
    従来型のビジネスに片寄りすぎず、将来像の実現に必要とされる要件をどのように具体化し、どのようにKPIへ反映し腹落ちさせていくのか
  • ポイント3.スキル等の人的資本のAs-Is(現在の姿)の棚卸とTo-Be(目指すべき姿)とのGAPの特定
    As-Isを把握しTo-BeとのGAPを特定するために、スキルをどう定義し、継続的に運営可能なスキル棚卸のプロセスをどう作るか
  • ポイント4.投資家への説明ストーリー
    新卒採用や解雇規制といった日本固有の事情がある中で、人的資本情報として何を開示し、企業の持続的成長につながるストーリーとしてどのように投資家に説明するのか
  • ポイント5.舵取りのためのHRシステムの整備とダッシュボード
    グローバル・グループでマネジメントに活用するうえで、どのような情報をどのような仕組みで見える化し、継続的に更新するのか

具体的には、例えば、「ポイント1.事業戦略と人事戦略の連携」では、これまで以上に重要となるのはHRBP(Human Resource Business Partner)だという理解の下、HRBPの役割を見直し事業リーダーとの連携強化を進めるとともに、HRBPの役割に必要なケイパビリティの向上施策や新たな役割を踏まえたキャリア開発などにも、先行企業では積極的に取り組んでいます。また、「ポイント5.舵取りのためのHRシステムの整備とダッシュボード」ではHRシステムベンダーを中心に議論になることがよくありますが、グローバルスタンダードである“Single Source of Truth”を日本で実現することの難しさや導入後にどうやって現場リーダーの協力を得て活用へとつなげるかを議論し、システム構想策定やBIツール、テクノロジーアダプションツールの導入を進めています。

【図2】「人的資本経営」実現に向けた5つのポイント

「ビジネス変革」における「人的資本経営」の取り組みの位置づけ

一方で、「ビジネス変革」の取り組みにおいて、「人的資本経営」はどう位置づけられるのでしょうか。

Ridgelinezは、2023年12月に、年間売上高1,000憶円以上の日本企業の経営者・役員、部長クラス以上を対象として、企業変革/DXの取り組み施策や実施期間、変革にあたり重視している点や具体的な成果などを包括的に調査・分析した「Human Transformation(HX) 調査レポート2024」を発表しました。

このレポートでは、企業変革を包括的な取り組みと捉え、以下の4つの領域で取り組み状況を整理しています。

CX(Customer Experience):顧客それぞれが持つ本質的な価値観を見極め、自社の提供価値を再定義すること

EX(Employee Experience):従業員を重要なステークホルダーの1つとして再定義し、提供価値を細やかに設計すること

OX(Operational Excellence):単なるオペレーションの効率化ではなく、組織が持つ価値創造能力を最大化すること

MX(Management Excellence):情報を的確に把握・予測し、目標数値を適切に設定し、タイムリーに意思決定すること

上記のうち「EX」は、人を資本として捉え、従業員が自律的にスキルアップをし、エンゲージメント高く働くことで持続的にパフォーマンスを発揮してもらうような仕組みや仕掛けをつくっていく取り組みを含んでおり、まさに本コラムのテーマである「人的資本経営」の推進に向けた取り組みだと認識いただければと思います。

さらに、本レポートでは、各々の領域の改革がどの程度進んでいるのか、相互にどのように関連しているのかについても分析しています。また、特に重要な企業変革テーマとして「LTV(Life Time Value)拡大」「データドリブン経営」「バリューチェーン変革」の3点を挙げており、そのテーマにおける各領域の取り組み状況を確認しました。

分析結果からは大きく2つの傾向が明らかになっています。

1.ビジネス変革における大きな課題は、「企業変革・DX人材の不足」「既存の慣習が根強く変化に対する抵抗感がある」といった適切な人材の不足や変化に対する抵抗感というEX領域の課題であり、特に変革が進んでいる企業がより強く課題意識を持っている。一方、ビジネス変革の成果を実感している企業も実感していない企業も、EXの優先順位はほぼ変わらない。

【図3】調査結果1:変革を進めている企業ほど人材の不足や既存慣習の変化に対する抵抗感など人事領域の課題を強く感じている

2.ビジネス変革をOXから開始し、CXやMXに展開している企業が多い。一方、EXはその他の領域から展開することなく、独立して実施されているように見受けられる。ただし、「データドリブン経営」が変革のテーマのときのみ、MXからEXへ展開する傾向が見られる。

【図4】調査結果2:一方、人事改革の施策は、顧客・業務・経営の改革の施策から展開されておらず、独立して行われている

この調査結果から類推するに、「ビジネス変革」をリードする経営者、役員、部長クラスの方にとって、ビジネス変革を進めるほど、「EX」が変革を進めるうえでの重要な課題となっていることが分かります。しかし、「データドリブン経営」の一環としての「人材の見える化」を除いて、ビジネス変革のテーマから展開される形での「EXの変革」は十分に取り組めていないと認識されているようです。

「人的資本経営」を「ビジネス変革」へとつなげるために

一方、我々は従来の日本型人事から脱却し「人的資本経営」を進めることこそ、既存ビジネスの成長にとどまらずビジネス変革を進める多くの会社において、その取り組みのブースターとなると考えています。「人的資本経営」によって「ビジネス変革」を加速するためには、ビジネス変革をリードする経営陣やビジネスサイドのリーダーが、「ビジネス変革」と「人的資本経営」が密に連動しているという認識を共有し、二人三脚で変革を進めていくことが重要であると考えています。そうでないと、総論としての「人的資本経営」には賛成であっても実際のビジネスの困難な場面において「人的資本」の考え方に反するような旧来型の「管理思考・コスト重視」での判断が行われてしまい、従業員には、「人的資本経営」が人事からの一方的な掛け声に過ぎず、現場の実態を反映できていないと受け止められる可能性があると危惧しています。

そこで、本コラムシリーズでは、次回以降、先行して人的資本経営に取り組んでいる企業のCHRO(Chief Human Resource Officer)の方々に、人的資本経営に関する5つの重要なポイントに対する取り組み状況を伺うとともに、経営陣やビジネス変革リーダーとビジネス変革に向けてどのようにコミュニケーションを取り、どのように足並みを揃えて改革を進めているのか、インタビュー通して先行企業の実態を明らかにしていきたいと思います。また、最終回ではヒアリングを通して得た知見をベースに、「ビジネス変革」と「人的資本経営」をどのように進めていくことが効果的かということについて、実践的なアイデアを提示していきたいと考えています。

執筆者

  • 玉城 智史

    Director

※所属・役職は掲載時点のものです。

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