VXによる「モノづくりの未来」―製造業が抱える課題、その本質と解決策を探る―(2)
第2回:「バーチャル」トランスフォーメーションとは何か、どのように進めていくのか
本コラムシリーズの第1回では、コロナ禍や国際紛争といった昨今の世界情勢を踏まえて日本の製造業が直面する課題について整理した。地政学リスクに起因するサプライチェーンの混乱を含む数々の課題に対して、製造業は稼ぎ、投資する力やグローバルの課題解決力、人的資本投資といったテーマを念頭に置きつつ、抜本的な改革を図るためにデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組むことが急務である。中でも、製造業のDXにおいては「つながる」というキーワードや仮想(バーチャル)空間を活かした技術の活用に期待が高まっている。
これらを踏まえて第2回は、「バーチャル」の視点を生かした変革のアプローチとして「バーチャルトランスフォーメーション(VX)」の概念に触れつつ、製造業がDXを進めるうえで指針となる方向性について解説していく。
構造的問題の人材不足と、「フィジカルインターネット」への期待
日本の製造業を取り巻く社会情勢は大きく変化しており、多くの経営者が実感しているように、どれほどプラス思考で考えても現状の製造業界にはネガティブな要素が多く顕在化している。
部素材のコスト高騰や調達難、人材不足、経営者および現場メンバーのデジタル知識の不足、現場の熟練工に頼ってきたがゆえの技能継承の行き詰まりなど、事実として、これらの悲観的な要素は一朝一夕では解消できない。だからこそ、競争力強化は、自社内の変革だけで考えるのでなく、バリューチェーンでつながるエコシステム全体を見直すことで挑むべきテーマであるといえる。
製造業はモノを作るだけでは完結できない。部素材や完成品を運送する物流と深くつながっていることは製造業界に身を置く人々にとっては常識である。しかし、物流業界も高齢化と人手不足が顕著であり、サービス品質の維持が困難な状況に直面している。
物流は個社で解決可能な問題ではない。こうした問題意識を早期に共有した企業同士や企業と個人の間で、新しい「つながり」に関する取り組みが実践されている。物流の効率化の観点では、リソース活用の最大化が不可欠だ。
その際、人材に加え、自動化技術やロボティクスといった「人をサポートするテクノロジー」をいかに取り入れるかが効率化を成功させるキーとなる。第2回記事ではまず、このフィジカルインターネットを解説したい。
(出所:経済産業省「ものづくり基盤技術の振興施策 令和3年度」)
フィジカルインターネットの効果とは――物流を例に
物流の真髄は、「無停止(止まらない物流)」にあるといってよい。生体においても心拍や血流が止まらないように、製造業においてもモノが適切に流れていくことは、産業全体の根幹ともいえる要素である。
物理的なモノが流れていく物流業務では、企業間だけでなく、地域内・地域間の連携強化や情報共有も重要となる。さらに、雇用環境を改善する点でも、物流に関係する環境をより良くする取り組みが継続的に行われる必要がある。
一方で物流は社会インフラを担っていることから、ユニバーサルサービスの意識も重要だ。データや情報を抱え込むのではなく、プラットフォームを構築したり、地域格差解消や買い物弱者の介助に役立てたりする取り組みを同時並行で進めていかなければならない。
こうした世の中への影響度だけでなく、製造業の観点では「拠点間物流」が重要な要素だ。
特に倉庫・物資管理、車両の空き状況を可視化してネットワークの中で管理・情報共有する技術として、フィジカルインターネットが注目されている。このインフラの整備の目標は2040年頃とされている。
これに合わせて、製造業界では横断的な取り組みとして、次の6つのテーマが掲げられている。
① ガバナンス
② 物流商流データプラットフォーム
③ 水平連携
④ 垂直統合
⑤ 物流拠点
⑥ 輸送機器
これらはIoTやAIの活用を前提としており、それらの技術を取り込みながら物流の高度化を推進している。
4つの領域で進める、持続可能な未来への製造業DX
前述したフィジカルインターネットは、物流というフィジカルな「モノ・業務」の管理にデジタル技術を実装していこうという取り組みである。このような社会インフラの整備が進んでいる中、製造業企業が取り組むべきデジタルトランスフォーメーション(DX)はどのような要素で成り立っているのか。
製造業の企業が持続可能な未来へ向かって取り組むべきDXとしてRidgelinezの考えを示したのが【図2】である。この図では、横軸に事業の「深化−探索」を取り、縦軸には要因を「外部−内部」でマッピングしている。
この図では、第2・3象限を「A群:デジタル技術を用いた既存ビジネスモデルの深化」と定義し、第1・4象限を「B群:デジタル技術を用いた業態変革・新規ビジネスモデルの創出」と位置づけている。
A群1(第2象限):脱炭素化、地政学リスク
第1回記事でも触れたが、国際社会の情勢変化の中でもサステナビリティ経営や脱炭素、地政学的リスクへの対応のためのキーワードは、「レジリエント・サプライチェーン」と、「アディティブ・マニュファクチャリング」である。
アディティブ・マニュファクチャリングは、素材の金属を薄く積層させていくことで幅広いニーズに応える形状を造形する技術として注目されている。いわば3Dプリントの金属バージョンとも呼べるものであり、従来の「削る加工」と異なるアプローチの金属成形として活用が期待されている。
レジリエント・サプライチェーンを実現するための条件として、国内外の複数の取引先から一定品質の部素材を安定的に調達できる体制構築が第一に挙げられる。これは同時に、脱炭素化と地政学リスクへの対応にも寄与する。
A群2(第3象限):スマートファクトリーなど
直近の日本社会でも日常的に話題となっているデジタル化がこの領域に多く含まれている。生産現場をデジタル技術で高度化・効率化するスマートファクトリー、ロボットや自動化技術の導入、遠隔での監視・管理業務の実現のほか、企業間や組織間の効率的なコラボレーション設計/開発などの改革はこの「深化」の領域に位置づけられる。
生産現場へフィジカルに訪問しなくても、リモート技術で代替できることは、スマート化の典型例だ。工場の管理者や責任者が大都市や居住地からの遠隔監視で工場を切り盛りできることはすでに実証例がある。これにより大幅な人員削減と、優れた管理者がもたらす業務成果を最大化できる環境が実現する。今後はバーチャル空間経由での監督業務が増えていき、ゆくゆくは主流になると予想される。
これは結果的に、住む場所と働く場所を分離できるという点で、従業員のライフスタイルの柔軟性の向上にもつながっていく。事情があって生活する場所に制約がある従業員も、デジタル空間上であれば自由に行き来できる。優れた人材が地域に縛られずに活躍できることは、人的資源の効率を最大化することにつながる。
また、コラボレーション設計/開発でも、バーチャル空間上でメンバーが集まることで、チームワークの活性化が期待できる。今日ではVR技術や関連デバイスの性能向上によって、デザインレビューなどの作業もバーチャル空間の中で実施できるようになった。
従来の企業で支配的な組織体制だったピラミッド型(ヒエラルキー)構造から、メッシュ型(フラット)構造への転換も、このような点で具体化できるといえるだろう。
B群1(第1象限):カスタマーサクセス、価値創出
デジタル技術を用いた業界の変革や新規ビジネスモデルの創出がこの領域に含まれる。ビジネスそのものを変革するにあたっては、いかにして顧客の成功(カスタマーサクセス)を達成できるかどうかが、自社の利益獲得のカギになる。
予測不可能性の高い現代においては、自社完結型のビジネスモデルではなく、エコシステム化を想定したパートナー型ビジネスモデルへの転換が重要な意義を持っている。その過程においては、業界レベルでの幅広い変革が必要となることから、ほかの企業や顧客との連携を意識した取り組みを進めていくべきだろう。
B群2(第4象限):技能・知識の無形資産化(市場形成)
日本の製造業の高品質は、職人の技術(匠の技)に依るところが多分にあったといえる。これは同時に、品質維持には技能や知識の継承が不可欠であることを意味する。デジタル技術のメタバースおよびブロックチェーンは、これらの技術継承のデジタル化に大きく貢献するものと考えられる。
例えば、職人の指先の動きをセンサーで計測して数値化することで、職人の行う作業をデジタル空間上で全く同じように再現することも可能だ。こうしたデータを用いて技能を継承すれば、最高の職人技を半永久的にトレーニング用コンテンツとして残すこともできるだろう。また、新人が作業に失敗したとしても、物理的な部素材を消耗することも、事故や怪我をすることもない。ハラスメントの発生する土壌の改善にもつながり、心理的安全性を高めながらの技能継承が容易となる。
このように、バーチャルとフィジカルを最適に組み合わせることで、企業にとって無形資産である技能・知識の効果的な継承が実現される。なお、Ridgelinezの製造業・建設業向け各種サービスもこの発想に基づいて設計されている。
VX(バーチャルトランスフォーメーション)への転換
上記で説明した4象限の取り組みは、どれか1つを行えばよいというものではなく、バランスよく進めていくことが求められる。
いずれにしても重要なのは、企業のデジタル化やデータ活用を推進するプロジェクトでは、パートナー企業や組織とのコラボレーションを実現する基盤としてVX(バーチャルトランスフォーメーション)を実践することである。
VXの構造は従来のウォーターフォール的発想による意思伝達手段とは全く異なる。メッシュ型の情報連携基盤への転換と同時並行で行うべき取り組みであり、ここでメタバース関連技術の活用も有効な一手となるだろう。
次回はVXをどのように推進していくべきか。そのノウハウおよび事例について解説する。