日本製造業の強さを取り戻す“真”成長戦略:ビジネスモデル・トランスフォーメーションとは(3)
第3回:「ビジネスモデル」トランスフォーメーションは、何を意識して進めればよいか(脱「製品」軸の組織編)
本論考では、日本製造業が強さを取り戻すため、ビジネスモデルを変革 (「ビジネスモデル」トランスフォーメーション) することの必要性をお伝えしている。
第2回コラムでは、Honeywellのトランスフォーメーションに戦略的な面から切り込んだ。100年以上の歴史を持つ、米国の多数の領域で事業展開する製造業 (コングロマリット)であるHoneywellは、近年の時価総額に対する売上高の割合(株価売上高比率または倍率。Price to Sales Ratio、以降PSR)は4倍を超えており、日本製造業が長らくベンチマークしてきた独Siemens (PSR: 2倍)を大きく引き離している(日本の競合は、概ね0.3倍)。Honeywellは、このような企業価値の向上を、事業領域の選択と集中ではなく、ビジネスモデルを変えたことによって実現させている。具体的には、従来のハード売り(=サプライヤー型)から、データを活用し顧客企業の経営課題を解決するためにハードとソフトウェアを組み合わせた「ソリューション」を提供するプレーヤー(=顧客にとって「パートナー型」)に進化を遂げているのである。前回のコラムでは、このような変革を進めるためには、PaaSレイヤー、アプリレイヤーを含むIoT全レイヤーを押さえることが重要である、と説いた。
これに対し、「理屈はわかるし、それを目指したいが、うちには無理ではないか」という感想を抱かれた方も多かったかもしれない。そこで、本稿を含む3回の論考にて、「うちには無理」な理由とともに、そのための処方箋を整理していきたい。
第3回は優れた業績を上げている企業における戦略を実行に移す力について、組織の機能・役割の観点から整理する。従来の「製品」を軸とした組織から、「顧客」を軸とした組織への変革の必要性について論じたい。
日本製造業の良さと足枷
以前、自動車業界における著名なエンジニアの方へインタビューする機会があった。その方は、グローバルサプライヤーではなく日本企業をパートナーとして選んでおり、その理由として「私の構想を理解し、それを形にしてくれる技術を持つ会社だから」とお答えいただいた。
日本製造業は、自社製品に対する高い技術力があり、顧客の無理難題にも応え、また、それを評価してくれるファンがいる。これが、日本製造業が誇るべき強みであろう。
ただし、強みは弱みにもなり得る。
自社製品・技術にこだわりすぎるのだ。自社製品は顧客にとってあくまで全体を構成する1パーツに過ぎない。例えば、エンジンパーツは、エンジンを構成する要素であり、さらに言えば、自動車全体の構成要素の1つである。
顧客が先の例の方のように、大きな構想をお持ちであり、部品のみを欲しいケースもあろう。この場合は、RFP(Request for Proposal: 提案依頼)に対してしっかりと応えればよかった。だが、グローバル企業はRFPが出る前に動いている。部品の技術力を売り込むのではなく、顧客の製品全体像に対する解決策を提示するのだ。その際、グローバル企業は、個々のパーツではなく、システムとして提案を行う。複数のコンポーネント(ハード)と、それらを制御するソフトウェアである。
したがって、個々の製品(ハード)ではなく、顧客の経営課題に対するソリューションを提案できるようになれば、日本製造業はさらに強くなれる。優れたハードをソフトの力で束ねて、全体として高いパフォーマンスを発揮する。これを組織としてどう実現していくかについて、本論考でお伝えしていく。
組織のあり方: グローバル企業との差
個々のパーツに集中せずに、ソリューションを提案するには、以下の力が必要となる。
- 顧客の経営課題を理解する力
- 課題を解決するために自社製品・技術を組み合わせる構想力
日本製造業における営業は、事業部が個別に持つケース、本社で営業統括本部を持つケースにかかわらず、自社製品に対するニーズ伺いを行っているように映る。行先は、自社製品を「買う」人(=調達部門等)である。経営課題に辿りつけていないのだ。本来、顧客の新製品に対する課題を聞きに行くべきは、企画部門や開発部門のトップである。
また、いざ、こうした方々に会いに行けるようになったとして、経営課題を理解できるのか、という問題もある。日本製造業は、営業と技術者によるチームセリングの形態をとってきたが、あくまで自社技術が守備範囲であるために、顧客の経営課題や技術的課題を理解することができない。
課題が理解できたとして、今度はそれらを組み合わせてソリューション化していく構想力が必要となる。日本製造業において、このロールが有効に機能しているケースは圧倒的に少ないように思う。個々の製品に対する責任者は存在するが、顧客の課題に対してソリューションとしてまとめ上げることができる人がいないのだ。
これは、日本製造業が、「製品」を管理することに特化した組織になっていることによると我々は見ている。
図2の左側に、プロダクトを中心にした組織として、これまでに論じた課題を図示した。製品ごとに、営業、設計、生産といった機能を持つ場合を例とした。
それぞれの組織が、縦も横も連携できておらず、企業としてみれば個別最適となっている。
(出所: グローバル大手製造業(Honeywell、Siemens、GE等)・マネジメント層経験者に対してRidgelinezが実施したインタビューに基づく)
一方、右側は、顧客別の組織の例を示した。
これには、HoneywellやSiemens、GE等が該当する。
こちらは、顧客別にチームが作られ、顧客の経営課題を理解し、その解決策をソリューションとして仕立てあげることができるようになっている。
すなわち、アカウントマネージャーが顧客課題を理解、ソリューションアーキテクトが自社技術・製品を組み合わせた最適解を提示するわけである。その実現において、アカウントマネージャーが生産側と密に連携する。
顧客の経営課題解決と自社利益の最大化を図るための機能: グローバル企業の強み
次に、先ほど紹介したグローバル企業における重要な役職とそれぞれの役割と関係性について説明する。
顧客の経営課題に対するソリューションを提案するためには、「顧客の経営課題を理解する力」と「課題を解決するために自社製品・技術を組み合わせる構想力」に加えて、これを組織として実行に移すために、「自社の利益を最大化する力」も必要である。顧客ごとにフルカスタマイズで対応した場合、高コストとなり、成長のための投資も覚束ない。
ここで特に重要な役職として挙げられるのが、アカウントマネージャー、ソリューションアーキテクトに加え、プロダクトマネージャーである。
グローバル企業は、この3つの役割を組織の中で機能させている。
アカウントマネージャーは、顧客の技術系経営層との密接なリレーションを構築することで、顧客の技術開発や製品開発の計画を聞き出す。ソリューションアーキテクトは、アカウントマネージャーとともに行動し、顧客の技術的な課題に対するアドバイスを行う。その際、自社技術に誘導していくことにより、自社技術を採用する前提で顧客の開発計画が詳細化されることになる。また、顧客にとって最適なソリューションを、自社製品・技術を組み合わせることで提案する。
このとき、重要となるのが、カスタマイズにおける制約である(*1)。顧客に合わせて自由に自社製品をカスタマイズすることは前述したとおり避けるべきである。そこで、プロダクトマネージャーが重要な役割を果たす。彼らのミッションは、「標準化」である。カスタマイズできる範囲をあらかじめバリエーションとして設定する。また、使用できる部材やサプライヤーも、パレートの法則(2:8の法則)に基づき使用頻度の高い2割に絞ることで、規模の経済を活かしたコスト交渉力を発揮させる工夫をしている。
アカウントマネージャーとソリューションアーキテクトのミッションは、顧客課題の解決に重きが置かれるため、顧客に近いところに所属している(=リージョン。例えば、日本支社)。一方で、プロダクトマネージャーは、標準化がミッションであるため、本社(例えば、米国)に所属し、逸脱等がないことに睨みを利かせている。
なお、GEやGEから学んだHoneywell(*2)は、確実な収益と利益を上げるためにライフサイクルビジネスを重視する。これは、データも活用したアフターサービスである。日本製造業は新造を重視してきたために、利益率の高いアフターサービスを第三者に取られてしまった経緯がある。専任のライフサイクル担当を配置し、データを活用することで、第三者ができないきめ細かなサービスを実施することが肝要である。なお、止めてはならないインフラ、生命に関わるインフラに対するサービスでは、24時間/365日対応が当たり前、ということである。
ここまでの話を図3と図4にまとめた。
(出所: グローバル大手製造業(Honeywell、Siemens、GE等)・マネジメント層経験者に対してRidgelinezが実施したインタビューに基づく)
(出所: グローバル大手製造業(Honeywell、Siemens、GE等)・マネジメント層経験者に対してRidgelinezが実施したインタビューに基づく)
(*1): カスタマイズがある意味、選択性(コンフィグレーション)であることで、提案時のリードタイムが圧倒的に早くなる。日本企業は、カスタマイズをゼロベースで検討するために、提案までに時間を要し、グローバル企業に負けてきたことが昨今のPLM(Product Lifecycle Management)導入ブームにつながっている。 しかし、本来、PLM導入のみで解消できる問題ではなく、アカウントマネージャーやソリューションアーキテクト、プロダクトマネージャーの導入とともに実施しなければ、真の改革にはならないことが上記にてご理解いただけたものと思う。
(*2): Honeywell前CEOはGEのCEO戦で惜しくも敗退した人物であるため、GEの良いところのみを持ち込み、GE以上の会社とすることを目指してきた。
コーポレート部門はどうあるべきか: 事業部を支えるプロフェッショナルに進化せよ
日本の製造業の利益率(10%未満。5%前後)は、欧米の競合(10%以上)に比較して低い傾向にある。この理由の1つに、オーバーヘッド(コーポレート部門のコスト)がかさむ、ということがある(*3)。
グローバル企業は、日本企業に比べ、以下の特徴がある。
- コーポレート各部に在籍する人員が少ない
- そもそも、コーポレートの部門数も少ない
在籍人員が少ない理由は、誰にでもできる「作業」は徹底してアウトソーシングし、会社として知識を蓄積すべき企画業務に注力しているからである。
また、会社が蓄積すべき知見も実は限られるため、コーポレート部門数自体も少なくしている。会社として蓄積すべきは、株主の期待に全社として応えるための以下の2つの能力だとグローバル企業は考えているように映る。
- 成長性の高さを担保する力
- 高い利益率を維持する力
そのため、M&Aの専門部隊と、コマーシャルエクセレンスという部隊を保有する。
M&Aは、成長のために必要なドライバーである。グローバル企業は、積極的にM&Aを仕掛けている。大きなM&Aも自社で主導できる能力が彼らにはある。
コマーシャルエクセレンスは、営業生産性を向上させるミッションを持っている。成長と利益目標は、アカウントプランの積み重ねであるため、その進捗が重要となる。そこで、営業に関する各種KPIをモニタリング、ベストプラクティスを横展開するなどして、実行力の底上げを図っている。
なお、グローバル企業の中には、経営企画部門を置かないところも多い。
事業戦略は、COO・CFO、事業部長の責任で策定するものだから、ということだ。つまり、全社として標準的な戦略などはないためにコーポレート部門として能力を蓄積する意味がないとの判断なのだろう。
また、コーポレート部門が急速に増殖(例えば、日本であれば、近年、DX推進室や新規事業推進室が増えている)するようなことはない。
全社として必要な知恵がコーポレート部門に集約されることで、コーポレート部門は事業部のサポーターとなることができる。これが、目指すべきコーポレートのあり方ではないだろうか。
ここまでの話を、図5、図6に整理した。
(出所: グローバル大手製造業(Honeywell、Siemens、GE等)・マネジメント層経験者に対してRidgelinezが実施したインタビューに基づく)
(出所: グローバル大手製造業(Honeywell、Siemens、GE等)・マネジメント層経験者に対してRidgelinezが実施したインタビューに基づく)
(*3): 商品単位あたり利益 = 商品価格 – 原価 – 販管費」であり、仮に問題がコストであるなら、原価低減を徹底してきた日本企業には、販管費を下げる以外に道はない。もちろん、ソリューションとして価値ある商品を生み出すことで価格を上げることが重要である、という前提である。
日本製造業のトランスフォーメーションに向けて: 出島から出発、全社変革を目指せ
ここまで、事業部の進化(=顧客の経営課題の解決と自社利益の最大化をバランスさせるビジネスモデルへの進化)と、それを支えるコーポレートの進化の方向性を論じてきた。
その進化に向けて、日本製造業はどのようにトランスフォーメーションを進めるべきか。トップダウンで物事を進めることのできるグローバル企業は、全社のトランスフォーメーションを一気呵成に進めることもできよう。しかし、同様の方法は、日本企業においては採用し難い。
そこで、我々は、出島を作ることをお勧めしたい。
新しいビジネスモデルを実験する場として、本体と物理的に切り離された組織(=出島)を作る。目的は、ビジネスモデルの戦略の正しさを検証するとともに、それを支える実行力である、新しい組織の持ち方、評価制度や給与体系を試すことである。これにより、元の組織においては採用し難かった外部リソース(前述したアカウントマネージャー等の3職に加え、ソフトウェアエンジニア等)も集めやすくなる。
出島を成功させるためには、以下の2点が必要である。
- 出島の存在を経営戦略における最重要施策として全社に周知すること。決して、島流しと思わせてはならない。会社の未来を創る希望の光であると認知させなければ、精鋭が集まらない。
- 本体から切り離すことで、既存事業の圧力から守ること。既存事業のモノ売り発想(モノが売れるのか、うちは技術屋だ、等)を持ち込ませてはならない。
出島は、完全なるクローズド空間であるべきではない。一部に入口を開け、外部(=本体)との交流を行うべきである。これにより、出島は、本体のリソースをうまく使えるようになり、本体にとっても出島での実験結果を使うことができるというメリットが出る。
出島を出島で終わらせないという意気込みも重要である。出島を作って実験する目的は、全社トランスフォーメーションのヒントを得るためである。そのため、最終的に出島はすべての門戸を開け、本体と融合していく必要がある。もちろん、融合の仕方には様々なパターンがあり、別組織として残すこともあろう。我々の意図は、いつまでも出島として小さな実験を繰り返すのではなく、出島の実験結果により既存事業すべてのトランスフォーメーションを行うべきである、ということだ。コーポレート部門も、トランスフォーメーション推進支援を行う存在へと進化することで、全社の改革を急速に進めることができよう。
出島を作って実験する例として、トヨタ自動車と、富士通を挙げた(図7)。
貴社における新規事業は、全社トランスフォーメーションを実現するための急先鋒であるべきである。小規模の売上(数億円~数十億円規模)を目指した実証実験を繰り返すのではなく、全社トランスフォーメーションを目的に、そのための武器づくりを目指していただきたい。
終わりに
Ridgelinezは、日本製造業が再びグローバルで輝く存在となるため、持続可能な未来をお客様とともに築きあげていく伴走者でありたい。我々は、日本製造業を強くするためのサービスとして、以下を重点的に展開している。
- 「ビジネスモデル」トランスフォーメーション (本シリーズのテーマ)
- オペレーション・トランスフォーメーション(先端技術によるコア業務の変革)
- DTMO (Digital Transformation Management Office。全社DXの推進リード)
本コラムシリーズでは、我々の提唱する「ビジネスモデル」トランスフォーメーションによる企業の真の成長戦略について示していく。第3回から第5回では、「ビジネスモデル」トランスフォーメーションの進め方について詳説する。
次回第4回は、他社の力を借りて早期に事業を前に進めることによって事業機会を確実にものにすることの重要性をお伝えしていきたい。自社の技術力を過信することで、既存のものを組み合わせただけのもの(iPodもそうだと言われる)に、市場を席捲されてしまわないように。
ぜひ次回以降も本コラムにお付き合いいただきたい。
貴社には、これまでの歴史で培ったハードにおける技術力という強みが存在する。
これは、GAFAMにはないものだ(したがって、実は喉から手が出るほど欲しい)。この強みを活かし、次の50年、100年において活躍するための貴社だけの実行力を得ていただきたい。貴社の未来は、これまでの貴社の歴史と非連続であるべきではない。貴社の良さを活かして、貴社を2.0にするための活動こそが、ビジネスモデルトランスフォーメーションである。貴社の歴史と未来に懸け橋をかけるためのディスカッションに、お声がけいただけたなら、非常に光栄である。