サステナビリティ経営に果たすCxOの役割
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エネルギー危機や気候変動の深刻化に加え、サステナビリティ対応の多極化が世界的に進みつつあります。米国では、環境対策やDEI(多様性・公平性・包摂性)への逆風が強まり、主要金融機関が脱炭素の国際的な枠組みから相次いで離脱する動きが広がっています。日本でもこうした潮流に呼応する兆しが一部見られます。一方、欧州連合(EU)は企業サステナビリティ報告指令(CSRD)やEUタクソノミー規則などの見直しを通じて報告負担の軽減を図りながらも、脱炭素と透明性確保の原則を堅持しています。中小企業への配慮とグローバル基準の両立を模索する中、多国籍企業や自治体は独自の対応を進めています。
このように国際的な潮流が複雑化する中、企業にはサステナビリティ経営を特定部門に任せるのではなく、経営層全体で理解し、各CxOが連携して推進する体制が求められています。持続可能な成長を実現するためには、組織としての一貫した戦略と確かな実行力が不可欠です。
2024年8月に発表したコラム「『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』はサステナビリティ経営へどう影響するか?」では、新たな政策課題に対し、企業がどのように行動すべきかをマクロ的な視点から考察しました。本コラムでは、その議論をさらに深め、サステナビリティ経営を推進するうえでの経営層の意識と姿勢、各CxOの役割、そして理想的な相互連携のあり方について探ります。
本コラムで対象とするCxO
企業によってCxOの種類は異なりますが、本コラムでは以下のCxOを対象にします。
-CEO(Chief Executive Officer:最高経営責任者)
-COO(Chief Operating Officer:最高執行責任者)
-CSuO(Chief Sustainability Officer:最高サステナビリティ責任者)
-CFO(Chief Financial Officer:最高財務責任者)
-CHRO(Chief Human Resources Officer:最高人事責任者)
-CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)
-CISO(Chief Information Security Officer:最高情報セキュリティ責任者)
-CTO(Chief Technology Officer:最高技術責任者)
-CDXO(Chief Digital Transformation Officer:最高デジタルトランスフォーメーション責任者)
-CRO(Chief Risk Officer:最高リスク管理責任者)
-CCO(Chief Compliance Officer:最高コンプライアンス責任者)
-CMO(Chief Marketing Officer:最高マーケティング責任者)
-CAO(Chief Administrative Officer:最高事務管理責任者)
企業によってはCIO、CISOとCDXOが統合されていたり、CMOとは別にCBO(Chief Brand Officer:最高ブランド責任者)が置かれていたりする場合もあります。
重要なのは、各CxOがサステナビリティ経営の視点を持ち、相互に連携することです。
経営層が持つべきマインドセット
まずは個々の役割に触れる前に、サステナビリティ経営を成功させるために経営層全体が共通して持つべき考え方を確認することが重要です。多くの企業では、環境規制や開示ルールへの対応が焦点となりがちですが、ここでの取り組みを「義務」ではなく、「自社のパーパス(存在意義)」として捉える視点が問われます。つまり、気候変動や社会的課題にどう貢献するかを深く考え、それを事業モデルや企業文化に取り込むことで、社会的にも経済的にも持続可能な価値を創出することが重要です。
サステナビリティ経営は、事業運営や人的資源管理、財務戦略をはじめとするあらゆる領域を統合的に見据え、長期的な視野で企業価値の最大化を目指す取り組みです。短期的な利益追求とトレードオフになるケースも多々ありますが、経営層はその選択を意識的に行い、必要とあれば短期的コストを負担してでも環境配慮や社会貢献を優先する意思決定を行わなければなりません。さらに、ステークホルダーに対しては、成果だけでなくリスクや課題も含めて公正に開示する姿勢が求められます。こうした透明性は、企業への信頼とブランド価値を高めるうえで不可欠です。
サステナビリティ経営を社内に根づかせるためには、経営層が率先してその意義を説き、社員一人ひとりの行動変容を促す企業文化を醸成するリーダーシップが欠かせません。トップダウンのメッセージが明確であればあるほど、現場における意識改革は加速します。むしろ「現場任せ」では変革が進まないという現実が多々あります。企業が持続可能な社会の実現に貢献しながら競争優位を得るためには、経営層の強いコミットメントと行動が必要になります。
各CxOが果たすべき役割
サステナビリティ経営を推進するうえでは、CEOをはじめとする各CxOがそれぞれの視点から重要な役割を担います。サステナビリティが単なるオペレーション改善にとどまらず、ビジネスモデルや企業文化の変革を要する営みである以上、意思決定権を持つ経営陣が主導してこそ、複雑な課題を突破することができるのです。
CEO(Chief Executive Officer)は、サステナビリティ経営のビジョンを策定し、自社の中長期的方向性に組み込む最も重要な立場にあり、社内外へのメッセージ発信を通じて企業全体を巻き込むことが求められます。例えば花王は、当時CEOを務めていた澤田道隆氏の下、2018年にESG部門を立ち上げ、翌年にはサステナビリティ経営ビジョン「Kirei Lifestyle Plan」を公表しました。澤田氏自身があらゆる機会を通じて社内への浸透を図り、環境や社会課題の解決に向けた活動を全社的に推進したことで、トップ自らが先頭に立つ強いリーダーシップが企業変革を加速させる大きな推進力になったと言えます。
COO(Chief Operating Officer)は、ビジョンを具体的なオペレーションへと落とし込み、環境負荷や社会への影響を踏まえた業務プロセスを構築する役割を担います。KPIの策定やモニタリング、改善のサイクルを回すことで、全体最適を図りながらサステナビリティを日常の業務レベルまで浸透させることが重要です。
CSuO(Chief Sustainability Officer)は、CEOやCOOを補佐しながらサステナビリティ経営ビジョンの策定と実行計画を主導し、社内外のステークホルダーへの対応窓口を担います。
CFO (Chief Financial Officer)は、サステナビリティ関連の指標や成果を財務報告に組み込み、視認性と透明性を向上させる役割を担います。またサステナビリティ関連のリスクやビジネス機会を財務面で評価し、企業価値に与える影響を分析することもCFOの役割です。
CHRO (Chief Human Resources Officer)は、DEI(多様性、公平性と包摂性)推進の責任者として目標を定め、必要なルールを制定します。さらに、従業員の行動規範や評価基準にサステナビリティを導入することでサステナビリティ志向性を持つ人材を育成します。
CIO (Chief Information Officer) は、サステナビリティに関するデータ収集や分析をITによって効率化する役割を担います。一方、ITインフラ運用の面でもデータセンターの省エネ対策などで環境負荷軽減を進める必要があります。
CISO(Chief Information Security Officer) は、ESGやデータプライバシーに関連する国際規格(GDPR、CCPAなど)を遵守するためのセキュリティポリシー整備の役割を担います。
CTO (Chief Technology Officer) には、製品開発の面で環境負荷やDEIに配慮した製品の開発が求められます。また環境負荷低減に寄与するサプライチェーンや製造プロセスを導入することもCTOの役割です。
CDXO(Chief Digital Transformation Officer)には、サステナビリティデータの収集や分析を効率化するデジタルツールやプラットフォームの導入が求められます。DXを活用した全社の業務プロセスの最適化も大きなタスクです。
CRO (Chief Risk Officer)にはサステナビリティ経営に伴うリスクの評価とリスク管理対策が求められ、一度リスクが発現した場合は事態の解決と再発防止という役割も生じます。
CCO (Chief Compliance Officer)は、社員が守るべきサステナビリティ・コンプライアンス方針を作成するとともに、その遵守動向をモニターし、逸脱があれば改善を勧告します。
CMO (Chief Marketing Officer)は企業グループ全体でサステナビリティに関連するメッセージを統一し、ステークホルダーに発信する役割を担います。また社会や環境にやさしい製品やサービスを開発し、顧客に提供するというマーケティング活動をリードします。
CAO (Chief Administrative Officer) はサステナビリティ経営に関連する社内規則の策定や施策の実行をリードします。
もちろん、サステナビリティ経営の推進のためにCxOが果たすべき役割は上記アクション項目に限定されるものではありません。重要なのは、各CxOがサステナビリティ経営の視点を持ち、自らの役割を理解しながら連携することです。
CxO間の連携の必要性
サステナビリティ経営を推進するには、単に各CxOが個別に取り組むだけでなく、横断的に連携することが欠かせません。お互いの専門分野を補い合いながら企業全体を動かすことで、サステナビリティを経営の核とした変革が進みやすくなるのです。実際、どのような組み合わせや事例があるのか、以下で考察していきましょう。
まずは、CEO・CSuO・CFOの連携が挙げられます。CEOは企業全体のトップとしてサステナビリティに対するビジョンを提示し、現状認識を示すことで、全CxOが共有する目標と優先順位を明確に打ち出します。一方でCSuOは、CEOを補佐しながらサステナビリティ戦略を経営戦略に統合し、推進責任者として各部署の取り組みの方向性や目指すべきところを一致させる役割を担います。さらにCFOは、その戦略に沿った投資を財務面から検討し、長期的な視座での資金計画を策定します。このように、CEO・CSuO・CFOが連携することで、サステナビリティを経営戦略に統合することが可能になり、事業ポートフォリオの再編や長期的な投資判断を適切に行える体制が出来上がります。
例えば、リコーでは環境目標の設定や社会貢献活動などを事業活動と一体化させていますが、これも経営陣の連携があればこそ実現できる仕組みだと言えるでしょう。
次に、CSuO・CIO・CISO・CDXOの連携に目を向けると、サステナビリティ関連データの収集・分析基盤をどう整備するかが重要な論点になります。CIOとCDXOがデジタル技術を活用して社内の情報インフラや業務プロセスを見直し、ITインフラの省エネ化とサステナビリティ情報の自動的な収集・活用を進めることで、開示要件への対応や意思決定の迅速化が図れます。しかし、これらの取り組みは膨大なデータを扱うだけに、CISOのセキュリティマネジメントがあって初めて機能するのです。CSuOは、こうしたテクノロジー面の改善をサステナビリティ全体の方針と結びつけ、全社的な波及効果を狙います。
サステナビリティ経営は、リスク管理や法令遵守の面でも大きなインパクトをもたらします。そのため、CSuO・CRO・CCOの連携も重要となります。CSuOは企業が直面するサステナビリティ課題を把握し、CROとともに気候変動や人権、サプライチェーンにおけるリスクを評価・分析して、管理体制を整えることが必要です。また、CCOは国内外で強化される法規制や各種ガイドラインへの対応を社内に周知し、組織としてのコンプライアンス姿勢を強化する役割を担います。企業価値を大きく損ないかねないリスクを未然に防ぎ、必要に応じて迅速な対処を行うことで、サステナビリティ経営の安定性が高まるでしょう。
技術開発や製造プロセスにおける環境負荷の低減も、サステナビリティを実現するための大きなテーマです。CSuO・CTO・CDXOが協力し、環境配慮型の製品開発とデジタル技術の活用によるサプライチェーンの効率化を同時に図れば、社会的責任を果たしながら競争優位を確立しやすくなります。環境に優しい素材選定や製造プロセスの最適化といった地道な取り組みは、DXの力を借りることで高い効果を発揮します。
さらに、サステナビリティを企業文化やブランド力へと昇華させるには、CSuO・CHRO・CMOの連携が欠かせません。CHROは教育研修や評価制度の改善を通じて、社員が環境や社会課題に対して当事者意識を持つよう企業文化を醸成します。その一方で、CMOは顧客や投資家などの社外のステークホルダーに向けてサステナビリティへの取り組みを積極的に訴求します。例えば、資生堂のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)戦略においては、CSuOとCHROの協力による職場環境の整備と、CMOによる社外発信が結びつき、多様な人材が活躍できる企業としてのブランド向上につながりました。
最後に、CSuO・CHRO・CAOの協働も見逃せません。CSuOとCAOが全社のワークフローや管理体制を見直し、業務効率の向上と環境負荷の軽減を同時に進めることで、サステナビリティをより具体的な施策として根づかせることが可能になります。CHROは、その過程でDEIを考慮した働きやすい環境を整え、人材の多様性と能力を最大限に活かす仕組みを構築します。
ほかにも数多くのCxO連携のかたちが考えられますが、要となるのは、どの分野のリーダーもサステナビリティ経営の本質を理解し、互いに知見やリソースを共有し合う姿勢です。経営陣がこうした連携を強めれば、企業はサステナビリティを単なる「守り」の施策ではなく、新たな価値創造と競争力の源泉として活かしやすくなるでしょう。

おわりに
サステナビリティ経営は、世界的なルールメイキングやステークホルダーの要求に対処するためだけの取り組みではなく、企業としての存在意義を深め、差別化をもたらす可能性を秘めています。こうした流れに乗り遅れまいと後追いで対応するだけではなく、新たな規制やルールをむしろ競争優位の源泉と捉え、環境負荷の低い製品やサービスを積極的に提供して社会的評価を高めるといった「攻め」の意識転換が必要です。日本企業がこの転換を果たすためには、CEOをはじめ各CxOがサステナビリティ経営の重要性を理解し、組織文化や業務フロー全体に落とし込むリーダーシップを発揮することが不可欠です。
また、各CxO連携の設計だけにとどまらず、取締役会や専門委員会などの会議体を中心にサステナビリティ課題を全社的に議論するプロセスを整備し、ガバナンス体制そのものを強化することも重要なポイントです。こうした仕組みづくりは、経営の一貫性や透明性を高めるだけでなく、ステークホルダーの信頼をより一層確かなものへと導くでしょう。
Ridgelinezでは、特定の業務領域や技術領域にとどまらない包括的な知見と経験を活かし、企業がサステナビリティ経営を競争優位に変えていくことを支援しています。皆様がお持ちの課題をお寄せいただけると幸いです。