テスラやアップルに見る、サステナブルトランスフォーメーションの現在
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2023年の夏は世界各国で最高気温を更新した。また7月3日には、世界の平均気温が観測史上最高となる摂氏17度を超えた。ウィンストン・エコ・ストラテジーズの創設者であるアンドリュー・ウィンストン氏の著書「ビッグ・ピボット」では、世界の重要な潮流として「もっと暑くなる」(気候変動問題)、「もっと足りなくなる」(資源問題)、「もはや隠せない」(不正問題)の3つが示されている。
こうした中で若い世代を中心に高まっているのが、「もっと暑くなるからクリーンなビジネスを支持する」、「もっと足りなくなるからイノベーションを支持する」、「もはや隠せないから隠さない者を支持する」という価値観である。まさにこの3つの価値観こそが、サステナブルトランスフォーメーション(SX)の求めるものに他ならない。
変化を捉え動き出すメガテック企業
前述した3つの潮流と価値観の変化を捉え、いち早くサステナビリティへの取り組みを始めたのが、GAFAM(Google、Amazon、Facebook(現Meta)、Apple(以下、アップル)、Microsoft)と称される米国のメガテック企業である。これらの企業の「メガトレンドを掴む」、「大胆なビジョンを描き迅速に行動する」、「価値観の変化を掴む」という行動様式そのものが、サステナビリティの新たな潮流を作っているといっても過言ではない。我々もまたこうした価値観の変化を読み解くことが重要だ。
今後これらのメガテック企業はどのような進化を遂げ、サステナビリティに影響を及ぼしていくのだろうか。
GAFAMによって生み出されてきたAIやIoT、DX、モビリティ、フィンテック、メタバース、Metaverse of Things(Web2.0、Web3)といったテクノロジーメガトレンドは、経済はもとより国際関係や政治にも影響を及ぼしているが、最終的に行き着くのが社会・価値観の変化である。
テクノロジーの進化によって企業や人々がより多くの情報に触れ、共有するようになったことで、気候変動や人権問題、DEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)、プライバシー、競争・独占禁止、アクティビズム、正義、分断と協調といった社会課題に対する意識が高まっている。
「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代が到来したと言える。
他業界にまで影響を与えたアップルのサステナビリティ戦略
GAFAMの中からアップルの取り組みを紹介しておきたい。2020年7月21日、アップルは「2030年までに自社製品に関するサプライチェーンの100%カーボンニュートラルを達成する」とコミットした。驚異的だったのは、2023年9月12日開催の新商品発表会において、「Apple、初のカーボンニュートラルな製品を発表」とプレスリリースを出し、Apple Watchで上記のコミットをいち早く実現してみせたことだ。
この宣言は当然のことながらアップルのサプライチェーンに参加する企業に直接的な影響を与えたが、それだけではない。アップルの動きは自動車業界にも波及し、メルセデスベンツやフォルクスワーゲンが追随したのである。
そしてアップルが次に目論んでいるのがリサイクルの推進だ。コーポレートサイトを通じて「iPhoneは100%再生素材の使用に100%取り組みます」と宣言したが、要するにアップルはサーキュラーエコノミーで自社のサプライチェーンを構成しようと計画しているのである。目標達成の年限は示されていないものの、おそらく3年以内には具体的なロードマップが示される可能性がある。
いずれにしてもこのアップルの新たな動きは、カーボンニュートラル宣言と同様にサプライチェーンを構成する企業のみならず、世界の製造業全体に影響を及ぼすことになるだろう。
温室効果ガス排出量ゼロはテクノロジーで実現できる
そうした中で企業に求められているものは何か。気候変動対策が世界的な課題となった今、「会社の芯から地球環境問題に対峙する」ことが求められている。
その意味でサステナブル産業は、次世代の最大の産業となる可能性が高い。現在起きている産業革命の本質はカーボンニュートラルによるエネルギー転換にあり、まさにそれはESGビジネスの勃興である。米国では反ESGの動きも顕著になってきているが、誰も「もっと暑くなる」という潮流を見過ごすことはできなくなるだろう。
ここで紹介しておきたいのが、マイクロソフトの創設者であるビル・ゲイツ氏の「地球の未来のため僕が決断したこと―気候大災害は防げる―」という著書である。
慈善家としても有名で気候変動対策にも巨額の寄付・投資活動を行っているゲイツ氏は、同書の中で、「気候大災害を防ぐためには温室効果ガス年間排出量 510 億トンを本気でゼロにする必要がある」と主張している。加えてゲイツ氏は「これをビジネスとしてテクノロジーで実現することが可能である」とも述べ、具体的な施策を解説している。カーボンニュートラルの実現に向けて、テクノロジーでイノベーションを起こすことが求められる日本企業にとっても必読の1冊だ。
特に重要なポイントは、人間の活動によって排出される温室効果ガス量の内訳である。これによると「ものをつくる」(31%)、「電気を使う」(27%)、「ものを育てる」(19%)、「移動する」(16%)、「冷やしたり温めたりする」(7%)となっており、自社の事業を通じて取り組むべきことは何かが見えてくる。
クリーンエネルギーを「創る×蓄える×使う」の三位一体事業を推進するテスラ
もう1つ紹介しておきたいのが、テスラが推進するSXの取り組みである。2021年第1四半期、テスラは世界の主要自動車メーカー13社の株式時価総額合計を1社で超える展開となった。
この出来事に象徴されるようにテスラは投資家からも高い評価を集めているが、単にEV(電気自動車)メーカーとして見られているわけではない。太陽光発電によってエネルギーを創り、蓄電池で蓄え、EVで使うというサイクルを一貫した、クリーンエネルギーのエコシステムを築く会社としてのテスラの本質が評価されているのだ。
加えてテスラは、「エネルギー」「モビリティ」「AI/デジタル」という3つのメガトレンドを予測し、そのメガトレンドを自らが牽引する存在である点にも注目する必要がある。
ちなみにテスラのCEOであるイーロン・マスク氏は、ほかにも宇宙開発を手掛けるスペースXや、人間の脳とAIを統合するブレイン・マシン・インタフェース(BMI)の実現を目指すニューラリンクなどを設立したことで知られており、その行動様式は産業変革や社会変革にとどまらず、いまや地球変革や人間変革へと向かっていることが分かる。
見逃せないのは、そうした大胆なミッション・パーパス、ビジョンを有言実行で実現していることだ。テスラが2006年に策定したマスタープランは、「スポーツカーを作り、その売上で手頃な価格のクルマを作る。さらにその売上でもっと手頃な価格のクルマを作る。これを進めながらゼロエミッションの発電オプションを提供する」というものだったが、すでにこれが現実のものとなっているのは周知の通りだ。
そして2023年4月、テスラは長期的な自社のビジョンをまとめた「マスタープラン3」を発表した。それによれば「再生可能エネルギー化とEVを合わせて化石燃料の56%削減に貢献する。テスラのEVは2030年までに年間2000万台の販売を目標とし、Tesla Electricを通じて電気のリテーラーとなり、クリーンエネルギーを『創る×蓄える×使う』の三位一体事業を推進する」とある。
現在の世界の1次エネルギー約165ペタWh/年の約8割が化石燃料由来である。ところが、そのエネルギーのうち有効に利用されているのはわずか3分の1程度というのが実態だ。これは発電時や内燃機関での燃焼時にエネルギーの多くが熱となって失われているためである。
このエネルギー源を持続可能電源(再生可能エネルギーと蓄電システム、水素、メタンなど)に転換すれば、必要なエネルギーの総量は現状の1次エネルギーの半分近くに減ることになる。持続可能なエネルギー経済は技術的に実現可能であり、現在の持続不可能なエネルギー経済を継続するよりも少ない投資と少ない資源で済む。
だからこそテスラが掲げる目標は単なるEVの普及ではなく、EVの普及をきっかけに持続可能なエネルギー経済を実現することに向かっている。電化や持続可能な発電、蓄電を通して、持続可能なグローバルエネルギー経済(Sustainable global energy economy)を実現するための道筋を具体的に提示したのが、今回のマスタープラン3なのだ。
マスク氏は「地球のすべてのための持続可能なエネルギーを創造する」と語っている。これはまさにテスラがクリーンエネルギーのエコシステムの会社として地球を救うという使命をマスタープランにしたものと評価されよう。