COLUMN
2024/10/29

AI時代のまちづくりとは
―持続するまちづくりの実現のために―(1)

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第1回:まちづくりに求められる価値

AIが当たり前になる社会において、今後「まち」はどのように変化するのか。さらにどのようなまちづくりのあり方が求められるようになるだろうか。

昨今のAIの発展は目覚ましく、ChatGPTを筆頭に次々と生成AI関連のサービスがリリースされ、大きな注目を集めている。未来学者のエイミー・ウェブ氏はテクノロジーに関する年次イベント「SXSW(サウスバイサウスウエスト)2024」にて、「AI」「コネクテッドデバイス」「バイオテクノロジー」の相互作用は、誰もが影響を受けるテクノロジーのスーパーサイクルと位置づけた(※1)。

こうした潮流に着目して、全3回の連載でお送りする本コラムでは、都市の持続・発展に対してまちの「ソフトな価値」がもたらす影響を読み解き、AIがそれをいかに加速させ得るかについて考察する。さらに、企業がまちづくりに取り組む意義とテクノロジーの力を使いながら「まちの豊かさ」を創出するアプローチを検討する。第1回では、まず「まちに求められる価値とは何か」を整理し、これからの時代に求められる価値観のキーワードを探る。

(※1)Amy Webb Launches 2024 Emerging Tech Trend Report | SXSW 2024

真の発展につながる「まちづくり」とは

これまでまちづくりの中心的なキーワードとなってきたのが「ハード」である。実際に日本にて高度経済成長期までは、多くの人口を支えるためにも建物や道路、水道などの生活を支えるインフラ基盤こそが重要な提供価値として注目されてきた。

しかし、情報社会の発展により、このまちづくりに新たな兆候が見られ始めている。世界中の人やモノがオンラインでつながり、いつでも・どこでも・誰でも、価値を容易に創出・提供できるようになった結果、スマートシティなどの取り組みにみられるように、日々の暮らしや労働を効率化する動きが注目されつつある。

もちろん、デジタル技術を活用し効率化を重視した暮らしが、人類の発展につながる真の「まちづくり」につながるとは限らない。

「まち」とは、担い手である住民や訪問者それぞれが、「居心地がよい」「過ごしやすい」「居場所があると感じる」「新しい発見がある」といった「ソフト視点」の要素を、意識的あるいは無意識的に選択した結果の集積によって作られるものである。人が望むまちの姿も、ソフト視点の要素も多様で、1つにまとめることは難しいが、いずれにしてもまちづくりによって「住民のウェルビーイングの充実」を目指すことこそが、現代のまちづくりにおける真の目的だと考える。

まちづくりの変遷とソフト重視の潮流

ここからは、まちづくりの考えがどのように変わってきたのかをまず整理していきたい。かつて道路や建物といったインフラが未成熟な時代、日本では先述した「ハード」である有形資産を構築するまちづくりが中心だった。

例えば、第二次世界大戦終戦以降から1980年代のバブル経済期にかけて、日本は人口急増や都市の膨張、モータリゼーションの進展などにより、インフラ整備が課題となっていた。1962年に閣議決定された全国総合開発計画によって、道路整備事業や上下水道整備事業、鉄道・空港・港湾整備事業が急速に加速した(※2)。

近年では、1995年の阪神・淡路大震災や2000年の大規模小売店舗立地法(※3)など、様々な自然災害や経済成長への取り組みの影響を受けて都市像も変遷してきた。2010年以降は「スマートシティ会津若松」やトヨタ自動車の「Woven City」といった、スマートシティプロジェクトが日本でも複数発足している(※4)(※5)。

デジタル技術を活用したスマートシティは、「ソフト」の印象を想起する方もいるかもしれないが、日本のスマートシティプロジェクトはシステム導入やデジタル活用などのIT・モビリティ基盤としての「ハード」に偏重している。

一方で国外はどうか。確かに欧米諸国でも、第二次大戦後の復興や移民の受け入れ、都市部への人口流入に伴う住宅不足を解消するために、社会住宅の大量建設・供給や大規模な区画整備を行っていた(※6)。しかし、欧米諸国では、都市・公共空間において「ソフト」整備を重視する思想へ時代とともに変わっていった。

1961年に、ジャーナリスト・市民活動家であるジェイン・ジェイコブス氏は、当時主流だった機能ごとに明確にゾーンを分ける都市計画手法や、幹線道路と高層建築が幾何学的に配置された街並み、スクラップアンドビルド型の再開発などの「ハード」重視の近代的都市計画を批判した。

ジェイコブス氏は、都市の多様性や複雑性によって生み出される活気や交流を重視し、都市に豊かな多様性を生みだすための条件として、用途の混合や小さな街区、建物の築年数や状態の混在などを提唱した。「新事業やあらゆる種類のアイデアを豊富に生み出す孵卵器(インキュベーター)」という都市の「ソフト」的機能を起点に、それを促す都市の条件を明らかにしたのである(※7)。

また、1971年に建築家であるヤン・ゲール氏は都市計画・都市デザインを考えるうえで、公共空間を利用する人々と、そのアクティビティに配慮する必要性を唱えた。同著の思想を基に、デンマークのコペンハーゲンでは、歩行者優先街路の改造が行われた。その結果、コペンハーゲンのまちづくりに対する思想は「人間中心のまちづくり」を世界に広げる起点となった(※8)。

このように、ハード一辺倒ではないまちづくりのあり方が提唱されていく中で、「ソフトである無形資産」を最大限に活用して成功したまちづくりの事例がある。

それが、1978年に「都市成長境界線」を定めた米国オレゴン州ポートランドだ。この施策によって市民が市の中心部に集まって住むようになり、公共サービスや都市機能を集約するという「ハード」面の整備を実現したことに加えて、市民がこうありたいと望む声を地道に拾い上げ、形にしていくという「ソフト」面の有効活用を、まちづくりを通じて実現したのだ。(※9)

【図1】時代ごとに変遷するまちづくりの例
出所:参考文献(※2~9)を基に時代別の代表的なまちづくり事例を抜粋し、Ridgelinezが作成

(※2)国土交通白書2016 第Ⅰ部第1章第2節(国土交通省)
(※3)法令検索 大規模小売店舗立地法
(※4)「Future Stride」スマートシティ国内事例10選(ソフトバンクグループ ビジネスブログ)
(※5)スマートシティプロジェクト箇所図(国土交通省)
(※6)地域社会のグローバル化を見据えた包摂・共生のまちづくり~欧州・北米のコミュニティ再生と日本における可能性~(公益財団法人日本都市センター)
(※7)「大都市政策の系譜」シリーズ 第7回ジェイン・ジェイコブスの「アメリカ大都市の死と生」(一般社団法人 大都市政策研究機構)
(※8)都市・公共空間に関する思想の系譜(独立行政法人都市再生機構)
(※9)2050年のニッポンの姿 Ⅱ世界が注目するポートランドのまちづくり(環境省)

企業経営でより重視される「無形資産」「人的資本」とまちへの影響

まちの産業を担う「企業」の観点で見ても、「有形資産(ハード)」に対する「無形資産(ソフト)」の重要性は高まっている。米国市場では、2020年時点で時価総額の90%を無形資産が占めるまでになっており、1975年の17%から大幅に増加している。一方、同年の日本市場では32%と無形資産の占める割合が低い(※10)。

【図2】時価総額に占める無形資産の割合の日米比較
出所:内閣官房・経済産業省による「非財務情報可視化研究会の検討状況(令和4年3月)」を基にRidgelinezが作成

この変化は企業の時価総額にも大きな影響を与えている。投資家は中長期的な投資・財務戦略において、人材投資やIT投資、研究開発投資を重視する傾向にある。特に、投資家が人材関連情報に注目する理由としては、「企業の将来性が期待できるから」「優秀な人材を確保できるから」「従業員の意欲が高まるから」が挙げられる(※11)。

無形資産の中でも、人的資本への注目度が特に高い傾向にある。日本の上場企業のCFOを対象としたアンケート調査によると人的資本の開発・活用を重視する企業の割合は77%に上り、人材を価値創造の源泉として戦略的な投資対象と捉えるようになりつつあると言える(※11)。

【図3】機関投資家および企業が着目する課題
出所:内閣官房・経済産業省による「非財務情報可視化研究会(第1回)基礎資料」を基にRidgelinezが作成

これらの変化は、まちづくりにもポジティブな影響を及ぼしている。人的資本の充実した企業がまちに集積することは、イノベーション創出や地域経済の活性化の基盤になる。多様な人材が交流し新たなアイデアが生まれる「場」として、まちの新たな役割が注目されているのだ。

冒頭に紹介したウェブ氏の発信は、SXSW2024の講演におけるものである。同イベントは、米国・テキサス州オースティンにおいてまちづくりの一環として機能しており、開催期間中はまち全体が会場となり、参加者はまちを通じて交流を深め、新たなアイデアやビジネスを生み出す。Twitter(現X)もSXSWでの出展をきっかけに世界的に有名になった企業の1社だ。

オースティンは現在第二のシリコンバレーとも呼ばれており、テスラ社も本社を移転するほか、スタートアップハブとしてシリコンバレーを含む世界中から優秀な人材がオースティンに集まっている。ソフトコンテンツと人材が集結していることから起業家からも関心が高く、例えば、AIを用いた高性能なライティングツールサービスを提供するユニコーン企業Jasperは、オースティンに本社を置いている。

このように、オースティンでは集積した人的資産やコンテンツがさらに人と技術を集め、イノベーションを加速するという好循環が見られる。

(※10)非財務情報可視化研究会の検討状況(令和4年3月)(内閣官房ホームページ)
(※11)経済産業省 非財務情報可視化研究会(第1回)基礎資料(内閣官房ホームページ)

無形資産と都市化の深い関係

先述した「無形資産」が都市化とどのような関係性にあるのかについても見ていこう。経済学者のジョナサン・ハスケル氏によると、無形資産の特徴には、スケーラビリティ(Scalability)、サンク(埋没)性(Sunk)、スピルオーバー(Spillover)、シナジー効果(Synergy)からなる「4つのS」があり、このうちスピルオーバーは都市化との関係が深い(※12)。

スピルオーバーとは波及効果や拡散を意味し、「マーシャル=アロー=ローマー型スピルオーバー」と「ジェイコブス型スピルオーバー」があると言われている。前者は同じ産業内で知識や技術拡散が行われることを指す。例えば、従業員の移動や企業間の交流を通じて知識が共有され、技術革新が促進されていくものだ。一方で後者は、異なる産業間での知識や技術の拡散を指す。

【図4】無形資産の4つの特徴と、スピルオーバーと都市の関係
出所:ジョナサン・ハスケル、スティアン・ウェストレイク著『無形資産が経済を支配する』を基にRidgelinezが作成

スピルオーバーは、特に都市化が進んだ地域で顕著に見られる。都市部は企業や個人が密集して活動しているため、知識や技術、アイデアが自ずと共有されやすくなる。これにより、イノベーションが加速し、経済全体の生産性が向上すると期待される。例えば、シリコンバレーのようなテクノロジーハブでは、企業間の競争と協力が同時に進行し、新しいビジネスモデルや技術が次々と生まれている。このようなスピルオーバー効果は、都市の経済成長を促進し、地域全体の発展に寄与する重要な要素となっている。

そして、このスピルオーバーによる波及効果に大きな影響を与える技術の1つがAIである。

HCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)の専門家であるイワン・プピレフ氏は、ユーザーニーズを予測したAIとの直感的な対話によって生まれる現実とデジタル世界の統合が「究極のインターフェースのビジョン」であると述べている(※13)。この考えは、インターフェースのUI・UXが洗練されるにしたがって、AIの進化が都市空間におけるスピルオーバー効果を加速させる可能性を示唆している。

例えば、近年登場したWorldScribe(※14)と呼ばれる技術がある。これは、リアルタイムで周囲の状況をコンテキストとともにAIが把握し、状況を言語化し説明する機能を持っている。この技術を活用すると人が直接何かを操作・指示しなくても、まちや人、周囲の環境に働きかけて相互作用できる新しいコミュニケーションが可能となる。このような取り組みが発展すると、人間がこれまで割いていた操作の時間と労力をAIが代替するほか、意識しなければ発生し得なかった働きかけを増やし、人々はより創造的な活動、周囲との交流、アイデアの発散などに集中できるようになるだろう。

このように、AIにより都市がもたらす「偶然の出会いや非公式の交流、それによる知識やアイデアの相互作用」は今後さらに重要性を増していくと考えられる。

(※12)ジョナサン・ハスケル、スティアン・ウェストレイク著『無形資産が経済を支配する』東洋経済新報社(2020)
(※13) UIST 2023 基調講演-The Ultimate Interface
(※14)ライブビジュアル説明AI―WorldScribe

直近の大型都市開発事例から見るトレンド

最後に、ソフトの側面を重視した都市計画として日本が関係する動きを見てみよう。その一例が、2017年に構想が発表されたサウジアラビアの未来都市計画「NEOM」だ。

「NEOM」は複数のメガプロジェクトから成る。そのうちの1つ「THE LINE」は高さ海抜500メートル、幅200メートル、全長170キロメートルの直線型の高層都市だ。人口900万人の都市でありながら、面積は34平方キロメートルという突出した高密度都市を実現することにより、人間の住みやすさと自然保護の両立を目指している。

都市機能を垂直に積み重ねることでインフラの接地面積低減や人々の移動の省力化といったハードの側面でも効果は大きいが、ここで着目するべきなのが、同プロジェクトは人々の健康と幸福などのソフトな価値を重要視している点である。自然を優先した開発により、同都市は100%再生可能エネルギーによって稼働するという(※15)(※16)。

この取り組みの背景には、「化石燃料依存の経済構造から脱却して次の100年の産業や文化を創出する」というサウジアラビアが国として掲げるビジョンがある。サウジアラビアは生活の質向上や経済的な繁栄を目的として、「文化・娯楽活動の促進」、「才能ある人材の支援」に国家として取り組む方針であるという「ビジョン2030」を2016年に発表している。そこでは、先進技術分野や観光分野への投資拡大によって、アニメやスポーツ分野での協力も含まれ「ソフト」面での経済の多角化・文化の創造を目指している(※17)。

このビジョンの実現にあたって日本への期待も大きく、支援の枠組みとして、2017年の「日・サウジ・ビジョン2030」、2019年の「日・サウジ・ビジョン2030 2.0」が発表されている。このビジョンの内容の特徴としては、インフラ基盤に代表される技術領域はもちろん、文化創出に向けた日本人への期待が表れている(※18)。

そこでは「人的資本」を土台に、柱としてソフトアセットと言える「人材」や「文化」に取り組むことが謳われており、NEOMプロジェクトにおいても、まちづくりを通じて文化活動の促進や人材支援などの「ソフト」な価値の育成に着手するのではないかと考えられる。

【図5】サウジ・ビジョン2030×日本の成長戦略の特徴
出所:「Saudi-Japan Vision 2030」を基にRidgelinezが作成

(※15)the four megacities of NEOM, saudi arabia’s ultra-futuristic gigacity(designboom)
(※16)サウジアラビアとNEOMが発表した垂直にも展開する未来都市〈THE LINE〉(TECTURE MAG)
(※17)サウジアラビア「ビジョン2030」
(※18)「日・サウジ・ビジョン2030」の作成経緯(外務省、経済産業省)

まとめ

ここまで、有形資産(ハード)と無形資産(ソフト)という観点で、まちづくりおよび企業経営の変化を見てきた。まちづくりにおけるソフト重視の潮流と並行するように生じた工業化社会から情報化社会への変化は、企業経営者にとっても無形資産、特に人的資本への投資意欲を高めた。さらに、無形資産の特徴のうち「スピルオーバー」と呼ばれる知識の拡散は企業や個人の多様な交流によって加速するため、AIが影響を及ぼす領域として、都市が持つ「多様な人材・アクティビティを支える」ソフトな価値に着目すべきだ。

まちのソフトな価値により重点を置いた巨大開発プロジェクトとしてNEOMを紹介したが、これからのまちづくりにおいては、ハードである有形資産を築き上げるだけでなく、ソフトである無形資産を有効活用し、さらにソフトな価値を最大化することが求められる。そして、このまちのソフトな価値こそがAIが加速する成長サイクルの核となると考えられる。

次回は、まちの持つソフトな価値をどのように最大化するのか、特に「人」に着目しながら、まちづくり事例を読み解くことで明らかにする。

執筆者

  • 海谷 真理

    Manager

  • 宮下 賛紀

    Manager

  • 川野 雄基

    Consultant

  • 中西 利基

    Consultant

※所属・役職は掲載時点のものです。

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